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中世のヨーロッパと森
中世ヨーロッパの森… と聞くと何だかロマンティックなメルヘンの世界を思い浮かべますが、人々の暮らしや統治において森の価値が高まり、森林を管理するための条例や法律が定められるようになったのがこの頃です。
当時は狩猟特権を持つ領邦諸侯が森を支配していましたが、鉱業や製塩といった膨大な燃料を必要とする産業が発展し、燃料となる木材を産出する森の経済的な利用価値が上がってくると、中世以前から行われていた自由な開墾を制限して、森林の維持や保護を行うようになります。
ヨーロッパでは豚の飼育も森で行われていたので、餌となるドングリがなるナラの木は伐採制限も行われました。
さらに、大航海時代(15世紀中頃ー17世紀中頃)に入ると、アメリカからもたらされた銀によって、良質な木材を必要とする造船事業が盛んになっていきます。
中世の産業の中でも膨大な燃料用木材を必要とする、製鉄、製塩、ガラス製造といった産業にとって、木材の供給は極めて重大な問題です。
各産業で資源の奪い合いも起きてきますが、傾向として、鉱業は領邦国家、製塩は古くからその土地に定住していた一族、ガラス技法は私的な一族によって同業組合的に継承・管理されることが多かったようで、このあたりも産業の発展や盛衰に関係していきます。
そんな訳で、森林管理に関する条例が数多く制定されたのですが… 実際は所有者や利用者の利益に左右されてあまり効果は上がらなかったようです。
鉱業においては溶鉱炉用の薪材や木炭だけでなく、地下の坑道のための坑木も必要とされ、ゴスラーのランメルスベルク鉱山では都市の土木建築より多くの木材が坑道建設に使われたといわれています。
鉱業や製錬業は鉱山とその付近の森林を治める領邦国家にとって重要な収入源で、初期の資本主義を体現することになります。
燃料である木材が不足して金属の生産と加工を同時に抱えることが難しくなると、鍛冶職人たちは各地を渡り歩くことになったそうです。
きっとこうやって技術も伝播していくのですね。
片や、製塩は伝統的な地場産業だったせいか、鉱業に比べて長期的視点に立った堅実な経営方針がとられていたそうです。
私が行ったことのある塩の街は今のところリューネブルクだけですが、かつての代表的な製塩都市には、シュヴェービッシュ・ハルやハルシュタットなどがあります。ハル(Hall)という言葉はケルト語で塩という意味があるとか、西ゲルマン語で熱の作用で乾燥させるといった意味があるとか言われていますが、街の名前や由来を考えながら旅をするのも楽しそうです。
また、ガラス産業は薪や木炭に加え木灰を必要とするため、やっぱり多くの木質資源を必要としました。
建築様式が発展しガラス窓が設置できるようになると、ガラス製造が成長していきます。
生産基盤が小規模の一族だったため、木材資源を使い尽くしたり、木材利用の権利が失効すると、別の土地に移っていくような集団もあったようです。
他にも、より生活に密着した産業でも燃料は必要とされていました。
ビール醸造やパン焼きといった食料品の生産に関わる職人たちは、燃料用の木材に対しても権利を持っていたそうです。
ニュルンベルクのビールは街の外へも出荷されていたので、醸造所の力は大きかったとか。しかも、この街は鉱業も盛んで、燃料用の木材重要が高かったため、なんと14世紀の頃から森の造成を始めていました。近郊のライヒスヴァルトはもともとの広葉樹林を針葉樹林に作り替えたものだそうです。
改めて森の歴史を辿ってみると、もう少し深掘りして街を回っていれば…と思うことばかり。まだガラス製造に所縁のある中世都市は行ったことがないので、そのあたりも巡ってみたいですね。
となると、ボヘミアの森の地域かな… この辺りはかつてのハプスブルク家の領土で、スワロフスキーやリーデルの創業者も実はボヘミアの出身です。
インスブルック郊外、行き辛いので有名なスワロフスキー・クリスタル・ワールドには巨人の頭をかたどった変なモニュメントがあるのですが、なんかこれも見てみたいんですよね… 旅程を組むのが大変そうだ。
さてさて、近世に入り産業革命が起きると、燃料資源が木炭から石炭へと移行するエネルギー革命が起きます。
とは言え、石炭や石油といった化石燃料もかつての(動)植物に依存していますよねぇ。
どこまで植物とエネルギーの話は続いていくのでしょうか…
参考文献:
木材と文明 ヨーロッパは木材の文明だった
ヨアヒム・ラートカウ 著
第二章 中世、そして、近世の曙ー蕩尽と規制の間にあった木材資源
2022年1月5日 小寒