社長のワガママ その2「もう一度、日常の酒を全力で」|私と麒麟山#01 斎藤俊太郎さん後編
名実ともに、地域に根付き、愛される蔵になりたい
もう20年近く前になりますが、イタリアのパルマという街を訪れました。パルマは美味しいものだらけのイタリアの中でも「美食の街」として知られ、パルミジャーノ・レッジャーノなどのチーズや生ハム、バローロやバルバレスコといったワインの産地として世界的にも有名です。
しかし、どんなレストランやバルに行っても、地元の人はバローロを飲んでいない。決して有名とは言えない、地元の小さな蔵でつくられたワインを飲んでいるんです。地域内で食の循環がめぐる様子に、郷土愛に満ちた、日常の豊かさを感じました。
麒麟山酒造も、名実ともに、地域に愛される酒蔵でありたい。
日々の晩酌や、仲の良い友達や仲間との食卓の真ん中に、麒麟山があってほしい。
あの日、バルで抱いた想い。それは、社員がつくってくれた「やっぱりいつもの麒麟山」というキャッチコピーにも、2021年から定めたビジョン「原点回帰」にもつながっている気がします。
普通の人の、いつもの毎日によりそう酒を
「麒麟山酒造として楽しいことができているか。その仕事に、自分たちが取り組む意味はあるか」ということは、経営者として常に考え続けています。
コロナ禍以前はインバウンドが盛り上がり、日本酒業界にも「海外に販路を拡大しよう。海外観光客や都心の富裕層をターゲットとした、ハイエンド商品を売っていこう」といったムーブメントが起きました。
その流れに乗ることはできる。ハイエンドに注力し、市場を変えていくことは経営判断として正しいとも思う。実際、日本酒の消費量は昭和48年頃がピークで、現在は当時の3分の1。酒造としては、数が売れない分、普通酒ではなく、純米酒や吟醸酒をつくって単価を上げるという方向に舵を切るのは当然です。
でも、それは自分たちにとって楽しいことか、やる意味のあることだろうか……。
奥阿賀の自然の中で生まれ、生かされてきた蔵である麒麟山酒造にしかできないことがあるはずだ。熟考の結果、自分たちの仕事は「毎日味わえる、日常の酒をつくること」だという結論に至りました。
わたしたちが目指すのは日常の酒で、特別な日に開ける「大吟醸」じゃない。
パルマのバルで楽しまれていたワインのような、普通の人の日々とともにある酒。
もう一回、「やっぱりいつもの麒麟山」をやろう。と社内で話しました。
「原点回帰」から生まれる、麒麟山酒造の明日
「いつもの酒」と聞いて、社員の多くが思い浮かべたのは、普通酒の「伝統辛口(伝辛)」でした。そこで「伝辛」をベースに、2年半ほどかけて商品を半分ほどに絞り込んでいくことにしました。
小さな酒蔵で、いろんな酒を器用につくり分けるのは難しい。でも、「伝辛」に代表される「日常の酒」だけは誰にも負けない、うちの一番として育てていこう。営業も、「日常の酒」について語ろう。他の酒も売らなきゃ商売にならないけど、まず麒麟山酒造が「日常の酒」を大事にしていることを覚えてもらって、数を売っていこう。そういった方針を立てました。
小さいことだと、蔵の見学に来られたお客様に、大吟醸について語るのも止めさせました(笑)。杜氏や蔵人はすべての酒に思い入れがあるから仕方がないのですが、「『伝辛』を大事にしようって言ってるんだから、その話だけしろ!」 と言い続けたら、社員も「日常の酒を届けるのが、自分たちの役割だ」と意識してくれるようになりました。
この2年半に名前をつけるとしたら「原点回帰」という言葉が合う気がして、現在、ビジョンとして掲げています。
ただ、「原点回帰」を掲げたことで、社員には苦労をかけているという自覚もあります。
普通酒に力を入れるためには、奥阿賀というローカルだけをお客様としていては、酒造りを続けられない。これからは、今より届ける地域を広げ、新潟市内、新潟県全体、東京や海外でも「伝辛」を楽しんでもらえるようにしていきたいと思っています。
届けるエリアは広げても、届ける酒の種類も、届け先の人も変わりません。
わたしたちはこれからも、普通の人たちの毎日によりそう酒を造り、日々のささやかな楽しみを届け続けます。
私と麒麟山 #1 社長のワガママ その1「阿賀町産米100%での酒造り」| 齋藤俊太郎さん 前編 はこちらから