
《こまじんの掘り出し物》ぐりまとるりだ
草野心平の詩集
前回に続いて、草野心平の蛙の詩を紹介したいと思います。
蛙をメインにした草野心平の詩集としては、『第百階級』・『蛙』・『定本 蛙』・『第四の蛙』の4冊があります。個別の詩集は手元にありませんが、本棚をさがすと、こんな本がありました。

金子光晴も草野心平も、昭和を代表する詩人です。
金子光晴は詩集『こがね蟲』(大正12年)で詩壇に登場します。『どくろ杯』は詩集ではなく、中国から東南アジアへと放浪する青春期の自伝です。100年前の浪漫的な上海の妖しげな魅力にひきこまれます。
草野心平に戻りましょう。
草野心平の蛙の詩を読んでいると、そのオノマトペの自在さに驚かされます。登場するカエルたちにも、いろんな名前がつけられます。
ヤマカガシに飲み込まれた腹の中から仲間に語りかける「ゲリゲ」。
「ゲリゲ」は、篠竹に青大将をつきさして、数万のカエルたちの先頭を歩く英雄でした。
「ギケロ」という、女の毛をのみ込む気味の悪いカエルもいます。
死が迫る「ごびろ」の背を水かきの掌でなでながら祈りの歌をうたうのは「りるむ」でした。
美しい「るるる」が死んだときは、無数のカエルが一列になって、無言のまま彼女を葬送します。
探検家のヘディンに食われた「ガリビラ」というカエルもいました。
「ごびらっふ」は、空にかかる美しい虹を見ながら、「ばらあら、ばらあ」と、たわいない幸福をうれしく思います。
「ごびらっふ」については、『ごびらっふの死』という散文の小編があります。
「ごびらっふ」はやがて歳を取り、最長老になります。彼のもとに通ってくるのは、若くて美しい「るりる」でした。しかし「ごびらっふ」の誕生祭の日、「るりる」は蛇に食われてしまいます。そして「ごびらっふ」も、その夜、静かに息を引き取るのでした。
カエルにとっての天敵は、「へび」と「ヒト」でしょうか。草野心平の蛙の詩には、「生」の謳歌とともに、たくさんの「死」が描かれていますね。
ぐりまとるりだ
次に、心に残った詩を2編紹介します。
最初に、詩集『蛙』より、「月夜」という詩。
月夜
空と沼と。
十日の月は二つ浮び。
そのセロフアンの水底の。
もやもやの藻も透えてみえる。
ふとそよ風がどこかで沸けば。
水みのもの月はちりめんにゆれ。
おほばこ・すかんぽ。
しだれ花火のまんだらげ。
光りにぐしよ濡れの草をくぐり。
草を跳び。
ゲッゲゲたかく鳴きながら。
強いぐりまがやつてくる。
蒲の根元でさつきから。
いくぶんすねてたるりだはその時。
なみうつ胸の楽器をしづめ。
そしらぬ風に息をのんだ。
もう1編は、『第百階級』の中の有名な詩「ぐりまの死」です。
ぐりまの死
ぐりまは子供に釣られてたたきつけられて死んだ。
取りのこされたるりだは。
菫の花をとつて。
ぐりまの口にさした。
半日もそばにゐたので苦しくなつて水にはひった。
くわんらくの声声が腹にしびれる。
泪が噴きあげのやうに喉にこたへる。
菫をくはへたまんま。
菫もぐりまも。
カンカン夏の陽にひからびていつた。
「ぐりま」と「るりだ」の関係は、言うまでもなく恋人同士でしょう。
「ゲツゲゲたかく鳴きながら」「強いぐりまがやつてくる」のを、「いくぶんすねてたるりだ」は、「そしらぬ風」を装って、胸のときめきを抑えながら待っています。
そんな「強いぐりま」にも、死は容赦なく訪れるのです。彼を死に至らしめたのは、彼を油断させた食欲なのか、腕白な子どものせいなのか。
「取りのこされたるりだ」は、ぐりまの口に手向けの花「菫」をさします。
夏の日ざしに耐えきれなくなったるりだは水の中に入りますが、周囲から聞こえてくるのは「くわんらくの声声」。「くわんらく」は「歓楽」。
水の中のカエルたちは、「強いぐりま」の死など関係なく、今ある生を謳歌しています。周囲から聞こえる「くわんらくの声声」は、るりだの悲嘆を際立たせます。しかし一方で「腹にしびれる」その「声声」は、るりだが生きていることの実感でもあります。
「噴きあげのやうに喉にこたへる」泪は、ぐりまの死を悲しむだけの涙ではないかもしれません。
死んだ者は二度と返ってきません。
「菫をくはへたまんま」「カンカン夏の陽にひからびていつた」ぐりま。
その一方で、生者は「生」の意味をこれまで以上に実感するのです。
草野心平の晩年のあるエピソードを思い出します。
ある詩集の出版記念会が東京でありました。一人の女性が草野心平に薔薇の花束を贈ったところ、彼は薔薇の花をちぎって口に入れ、ムシャムシャ食べてしまったのです。
菫の花をくわえたままひからびてしまった「ぐりま」と対極にある草野心平の姿に、周りの者は唖然としたことでしょう。
これも天才の狂気なのでしょうか?
ところで、恋人に死なれてしまった「るりだ」は、この後どうなったのでしょうね?
トップ画像は、「中川 貴雄」さんのイラストです。
いいなと思ったら応援しよう!
