【講演レポート】顧客時間の学校「マーケティング資産として活用する顧客データ」(2020/3/27開催)
オンライン・オフライン問わず、どの事業者もなにかしらの顧客データを保有しています。しかし、それをどう活用し、どう新たなビジネスに展開していくかには頭を悩ませているケースも多いのではないでしょうか。
奥谷:「今の時代、持っている顧客データを活用しないのはむしろリスクです。株式会社顧客時間のマーケティングフレームでは『購入』の前後である『選択』『使用』も含めた全ての段階において顧客行動を理解することを重視していますが、このフレームワークを血の通ったものにするにはデータの環境整備が必須です。顧客と正しく繋がるために欠かせない要素であるデータは、全ての事業者が理解すべきテーマ。過去の顧客の行動やインサイトを把握できなければ、未来の予測もできません」
ウェブルーミングと言われるようにネットで調べてからお店で実物を確認して購入する、その反対にお店で情報を得て購入はネットで行うなど、顧客の消費行動はオンオフが入り乱れ、正確に把握することが難しくなってきています。オンライン・オフラインを同じ顧客IDで管理するなど、「選択」「使用」の段階を含めたお客さんの“軌跡”を正しく把握するためのデータ活用が今回のテーマです。
「顧客時間の学校」で顧客データ領域の講師を務めるのは、株式会社ナンバー代表取締役の渋谷泰一郎氏。
ウェブと紙媒体の制作会社を経て、ポータルサイトのニュースサービスを担当した後、広告代理店にてウェブアナリストとしてクライアントのウェブサイト、広告、SNS、スマートフォンアプリの分析および解析を担当。現在は株式会社ナンバーを設立し、大規模サイトから中小のウェブサイトまで、多数サイトのKPI設計からアクセス解析、改善案の提案までを手がけています。
本講義ではデータ解析だけでなくマーケティング全体に携わってきた渋谷氏だからこその視点で、顧客基点でのデータ取得と活用についてのノウハウが語られました。事例を中心に具体的な使用ツールやサービス、実装の際のポイント等にまで触れたかなり実践的な内容です。
なお、本講義で扱う顧客データは「オンラインの」「定量データ(一部定性データも含む)」かつその中でも特に広告等から流入してくる「アクセスログ」が中心となっています。
データは整え、活かしてこそ
技術的に多種多様な顧客データを取得できるようになり「データは取れるだけ取っておけ」とされた時代もありました。しかし、取得データが多くなりすぎると、取っておいたはいいがどう使うのか?の問題に直面します。セルフBIツール「米Tableau」のAndrew Beers氏が「分析データの整備に8割の時間が費やされている」と言うように、使わないデータを大量に持っていても本来の目的である分析し改善施策案を出し、実行する部分に時間をかけられなくなるだけ。
渋谷:「データはあれば良いのではなくきちんと整えて資産化するのが第一ステップです。そして資産は活用しなければ価値がありません。ほとんどの企業は欠損を補ったりデータフォーマット揃えて統合するなど、多くの時間をデータ整備に費やしています」
奥谷:「データを整えるのはデータサイエンティストだけの仕事ではなく、マーケターやサイト制作者も関わるべきです。どんなデータを何のために取りたいのかは、分析側だけでなく企画側も一緒になってアイディアを出せばいい。いわゆる『Garbage in, garbage out. (ゴミを入れればゴミが出てくる)』の責任はデータサイエンティストだけが追うべきではありません。そのためにも企業はデータ活用領域にリソースを配分する必要があります」
データは顧客のもの。信頼と合意がなければ取得できない時代に
世界的な流れとしてデータの量と種類は爆発的に増加しています。特に最近は動画を中心にデータ量が増加しており、この傾向はモバイルや固定インターネットなどのトラフィック別でも、ビジネスやコンシューマーなどのセグメント別で見ても同様です。モバイルデータ量の増加は著しく、コロナ禍の影響で動画系を中心に増加している上、5Gになればさらに増えていくでしょう。2025年には半数近いモバイルトラフィックが5G環境から発生するとの予測も出ています(エリクソン「モビリティレポート 」2019年11月版)。国内では8割の世帯がスマホを保有している状況。意外と高齢の方も、スマホを持ち、ガジェットにも慣れています。
奥谷:「コロナの影響もあって、今までお店に行っていた高齢者も健康リスクを考慮した結果、購買行動がデジタルシフトし始めている。高齢者向けのブランドであってもデジタル化することが求められますし、今のうちにデジタルタッチポイントを提供していかないと機会ロスが起こるでしょう。」
総務省「平成30年調査 統計調査データ:通信利用動向調査:報道発表資料」によれば、「動画投稿や共有サイト」は10代の80%が利用。50-59歳でも半数以上が利用しています。ネットでの「商品・サービスの購入、取引」においても全世代で40%以上が利用経験があります。eラーニング、デジタルコンテンツの購入、金融取引など様々な用途でデジタルシフトが起こりデータの種類も増えていくため、分析においても多岐に渡る行動を見ていく難しさが出てくると渋谷氏は言います。
奥谷:「『Garbage in, garbage out. 』を避けるためにも、データの取捨選択について判断基準はありますか?」
渋谷:「基本的にはデータは顧客のものなので、判断基準はまず顧客に還元できるかどうかでしょう。顧客にとってベネフィットがあるデータの返し方がわからないのであれば、むやみやたらに取得しないことです」
奥谷:「もうひとつは自分たちが目指すコミュニケーションにそのデータが必要かどうか、ですね。還元できるかという顧客基点と、自分たちのコミュニケーション基点の2つの基準でデータの取捨選択をしていくのが良いと思います」
データの量と種類の増加に伴いデータの活用方法も進化しました。本講義のメインテーマのひとつとして「インターネット広告」の活用があります。インターネット広告は、1994年に「バナー広告」からスタートし、アフェリエイト広告、検索連動型広告と続き、一度サイトに来た人に対して広告を表示させていく流れができました。近年は2014年あたりでソーシャルが台頭してきたことに伴い、TwitterやInstagram上などで配信されるソーシャル広告や、動画広告も堅調です。
広告以外のデータ活用では、ひとつの例としてブレインパット社とトレジャーデータ社のサービス連携があります。会員データやアプリ内の行動データなどあらゆるタッチポイントで収集したデータを統合し、分析ツールに格納。2社が保有するツールはリアルタイム連動しており、予測スコアリング機能などを駆使して分析されたデータから、メールや広告などの具体的な打ち手が導き出される仕組みを実現しています。
渋谷:「しかし、このようなデータ活用を実現するために使われている技術のひとつ「Cookie」を取り巻く状況が変わりつつあります。今までできていたことの精度が悪くなる、またはできなくなるかもしれません。これには『個人データの保護』の視点が大きく影響しています」
前出の総務省の調査においても、多くの人がインターネット利用に対し何かしらの不安を抱いているという結果が出ています。個人情報やインターネット利用履歴の漏洩などの危険性に対し、個人が不安を感じるのは避けて通れない流れです。「テクノロジーの進歩」と「基本的人権の保護」は常に両輪であり、これに対応する世界各国の動きが活発化しています。具体的には、法の整備及び、法が整備された上でのウェブブラウザの仕様・仕組みの変更に向けた動きです。
法の整備については、EUで「GDPR(General Data Protection Regulation/EU一般データ保護規則)が2018年5月に施行され、アメリカのカルフォルニア州 でも独自にCCPA(California Consumer Privacy Act /カリフォルニア州消費者プライバシー法)が2020年1月に施行されました。これらに共通するポイントは、個人情報(行動履歴データを含む)を取得する際は同意を得ること、取得した個人データは要請に応じて開示と削除ができるようにすること。これが守られなかった場合は、指定された罰則を受けることとなります。この流れを受け、日本の「個人情報保護法」も改正に向けて協議中です。Cookieに関する内容も含まれており、GDPRやCCPAに準拠する形で先の2つのポイントは入ってくると思われます。それ以外にどんな項目が追加されるのかも注目されています。
また、ウェブブラウザの仕様変更(Cookieに関するプログラム変更)については、AppleのSafari、GoogleのChromeにおいてそれぞれITP(Intelligent Tracking Prevention)や3rd Party Cookie ブロックの動きが始まっています。これまで使われていたCookieの機能や用途が今後は制限されます。講義では、そもそものCookieの機能から、AppleがリリースしたSafariの新バージョンにおける3rd Party Cookieブロックに関する最新情報までが詳しく解説されました。
奥谷:「法的な最新のトレンドを追うことは当然として、今後事業会社としての対応はどうするべきと思いますか」
渋谷:「どこまでいっても顧客にとってのベネフィットと個人情報保護のバランスだと思います。ログイン情報の記憶などCookieがあったからこそ便利に利用できていたような、顧客のベネフィットになり得ることは続いていくのではないかと思います」
奥谷:「個人データを取り巻く対応についても企業姿勢が出そうですね。顧客側も全ての広告が迷惑とは思っていない。ただ今までは顧客を追いかけすぎていたように思います。企業としては法をきちんと追い個人データの保護をふまえながら、積極的にデータをうまく返していくべく顧客とのよりよい関係を築く挑戦はしていきたいですよね」
データ活用事例①|ウェブ広告×アクセスログ解析による改善
ここまでのデータを取り巻く状況を踏まえた上で、講義の後半は渋谷氏が実際に携わった事例が3つ紹介されました。1つ目は某化粧品ブランドの事例で、顧客時間のフレームワークで言うと「選択」段階かつオンラインの領域。プロジェクト概要は以下の通りです。
課題
・某化粧品ブランドにおいて、広告予算の最適化がなされていない(データに基づいた評価/検討もなされていない)
プロジェクトの目的
・広告予算の最適化。ブランド、ターゲットに対し、相性の良い「媒体/メニュー」「クリエイティブ」を明らかにし、予算配分を調整する
手段
・各広告とサイト内行動が紐付くようデータを計測/分析する
・改善施策案を出し、実行する
広告予算の最適化ができておらず、データに基づいた評価・検討もなされていないという状況だったので、まず広告予算を最適化できる状態まで持っていくことを目的にしました。解決手段は「各広告とサイト内の行動が紐づくようにデータを抽出をし分析。それを受けて改善して実行」というかなりシンプルな構造。しかし意外とこのシンプルなステップを踏めていないケースは多いと言います。
渋谷氏が大切にしているのが初期のヒアリング。クライアントのビジネスやその先に居る顧客のことを知らなければ、本質を見誤った設計をしてしまうため、最初のヒアリングにはかなりの時間をかけると言います。遠回りなように見えますが、そこを軽視しないことが、後々の有意義な分析時間を生むのです。さらに講義では、この事例で使用した計測ツール 「Google アナリティクス(以下GA)」や、キャンペーンタグの実装のコツなど、かなり具体的な内容まで知ることができました。
データ活用事例②|ヒートマップツールを活用したサイト内改善
2つ目は文房具メーカーの事例で、プロジェクト概要は以下の通りです。
課題
・ページ内における商品の最適な並び順が分からない
プロジェクトの目的
・ページデザインレイアウトの改善
手段
・ヒートマップツールにて計測/分析する
・改善施策案を出し、実行する
オンラインサイトの商品ラインナップページは毎年1、2回更新されていましたが、これまでは顧客にとってベストの並び順がわからないままに制作されていました。そのため直帰率が高く、ページのデザインレイアウトの改善が必要な状況でした。そこで渋谷氏は、GAではなく「ヒートマップツール」による計測・分析をし、そこで得られた示唆から改善をすることを提案。「①Define」としてはサイト内において最も閲覧数の多い「特集ページ」をターゲットにし、顧客・ユーザーにとってページ閲覧体験がより良いものになることをゴールに設定。良い体験を与えらているかの指標としてページスクロール率、興味をより持ってくれればECサイトへも遷移してくれるということでECサイトへの遷移数の2つをKPIにしてプロジェクトを進行しました。
奥谷:「何から見たらよいかわからないクライアントさんも居るので、数字ではなく視覚的にわかりやすいツールを入れるのはケースによっては非常に有効ですよね」
渋谷:「わかりやすくどこがよくタップされているというのが見えます。GAのようなアクセス解析ツールだとクリックカウントはできますが、当然リンクの箇所ベースになります。何も無い部分のタップや注視はヒートマップツールでないと取得できません。例えばリンク設定されていない箇所をユーザーがしきりにタップしている場合は、何らかの反応を期待しているが何も起こらないというユーザーとサイト間でズレが生じている状態。そういった問題を捉えるには有効な手段です」
オンライン主流時代の顧客体験設計のヒントを「顧客時間の学校で」
3つ目に「データ統合とCRM活用」に関して、実店舗とECを有する小売店の事例が紹介されました。店舗と自社ECのデータ統合のためのシステムリニューアルや、BIツールの導入によって店舗スタッフから経営陣までが同時に可視化されたデータを見てリアルタイムでの意思決定が可能となったことなど、いずれも実践的な内容です。顧客データの「環境整備」に関してはいったん成功したため、今後はデータを店舗接客に活用していく「使用」フェーズに関する打ち手の議論を進めています。
世の中は常にオンラインの時代になりました。5Gの時代になり、動画、店舗内トラッキング、IoTやウェラブルデバイスなどデータの多様化も起こっています。マーケティングデータテクノロジーの進歩で、計測部分ではトラッキング技術や機械学習、打ち手の部分ではアドテク、アプリ、マーケティングツールがより発展していきます。AIが得意なところはAIに任せ、人間しかできないところは人間がやるなど、市場の変化、技術の進歩を捉え、適切に対応することはアフターデジタル時代を行く抜く術と言えるでしょう。
全3回に渡り「顧客時間の学校」の講義をご紹介してきました。全ての講義に共通するのは、従来購買時点のみに注目していたコミュニケーション設計を見直し「選択」「購入」「使用」の全体にわたって顧客時間を理解しようという考え方。他社にない購買体験と使用体験を提供するために必要なノウハウを「顧客時間の学校」で学んでみてはいかがでしょうか。
(TEXT:松下沙彩)