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日付があるのがいいシール|たまごシール|蒐集、それは研究の始まり

「学問」や「研究」は大学や論文でだけ成立するものではないはず。何かを偏執的に集めている人は、その分野について他の人には見えないものを見ているに違いない。収集を超えて、ちょっと変わった「蒐集」癖を持つ方のお話から、研究の幅広いあり方やその楽しさを探る。

スーパーなどで売られているパック入りのたまご。その一つひとつに賞味期限を示す小さな丸型のシールが貼られているのは、誰もが知るところだろう。印字された情報には気を遣っても、シールそのものに気を留めることは普通はない。ところが、このシールを好んで集めている人がいる。しかも20年以上にわたって。作家のひらいめぐみさんが2020年、自らの収集について告白したnoteは大きな反響を呼んだ。

コレクションを見せてもらうと、思っていたよりずっと豊富なデザインがあることが分かる。だが、ひらいさんが「たまごシールの一番の魅力」と語るのはデザインではなく、日付だ。情報としての重要性は分かるとして、収集物としての「格」を左右するのがデザイン以上に日付であるとは、これいかに。しかし、この日付があることにより、ひらいさんの人生には確かにいくつもの彩りがもたらされていた。


意外に豊富な種類と地域性

━━noteを読んで、以前からお話を伺いたいと思っていまして。この企画であればということで今回お声がけさせていただきました。

いいタイミングで声をかけてもらったかもしれないです。最近いいシールが手に入ったので。

━━いいシール、悪いシールというのがあるんですね。

あります。たとえばこれ。八千代ポートリーが出している横浜DeNAベイスターズとのコラボ商品です。

存在自体はSNSを通じて数年前から知っていました。でも、たまごは基本的に生産地の近くで売られるものなので、私の住んでいるエリアには流通してこなかったんです。それがどういうわけか、最近近くのスーパーでも売られるようになって。ここ1、2年の価格の高騰で流通が変わったからなんですかね。

━━集めると言っても基本は近所のスーパーで待ち構えるスタイル?

そうです。ただ、ライターとして地方に取材に行かせていただく機会があるので、稀にですがその土地のものを買うこともあります。これなんかがそうです。「コバトン」という埼玉のご当地キャラ。

━━地味な絵柄ですけど。

いや、めちゃくちゃレアなんですよ!キャラクターが描かれているものってなかなかないんですから。

━━失礼しました。

イセ食品のディズニーツムツムシリーズもあります。ただ、キャラクターものにはだいたい日付が入っていないんですよね。私は日付が入っていることがたまごシールの魅力だと思っているので、ベイスターズもツムツムもかわいいんですけど、シールとしての「格」はちょっと微妙です。

━━やはりその世界の人にしか分からない価値観が。

私の考えでは、たまごシールは大きく四つに分類できます。一つ目は生協などでよく見る黄色のシール。二つ目はライフやヤオコーなど、スーパーのプライベートブランドのシール。三つ目はヨード卵・光やイセ食品など、食品メーカーのシールです。ちなみにイセ食品は数年前に倒産してしまって、新しい会社になったことでシールのデザインも変わりました。

そして最後の四つ目に、冒頭に紹介したベイスターズなどのキャラクターのシール。期間限定のコラボだったり、「ヤマザキ春のパンまつり」のように集めると何かもらえるものもあったりします。

━━意外にいろいろな種類があるんですね。基本的には賞味期限さえ表示していれば目的を果たせるはずなのに。

同じセブン&アイグループのたまごでも、イトーヨーカドーで買うのとセブンイレブンで買うのとでは色が違ったりしますから。ただ、シールの数自体は明確に減ってきています。不況によるコストカットでしょうか、殻に直接印字したり、パックに紙を入れるだけで済ませたりするケースが増えているのを感じます。

━━長く集めているとそういう経年変化も分かる。たまごシールにも世相が現れるわけですね。

タイパの悪い収集

━━たくさん種類があると集めたくなる気持ちも分かります。持っていないデザインを求めて隣町まで遠征するといったことも?

それはしてこなかったです。基本はたまごありきなので。たまごがなくなったら買いに行く。ほかの買い物と一緒に済ませるので、たまごだけをわざわざ買いに行くこともないです。それに、私はたまごがそこまで好きではないので。

━━たまごシールは好きだけど、たまご自体は好きではない。

特に白身と黄身が分かれている料理が苦手で。正直「シールのために頑張って食べるか」みたいなところもあります。スープにしたり、茶碗蒸しにしたりしてなんとか消費してます。

━━そうするとなかなか集まらないですよね?

そうなんですよ。たまごシールを集めているというと「何枚くらいあるの?」とよく聞かれますが、実は枚数としては大したことがないんです。集め始めてもう25年になるんですけど、ページとしてはこれだけ。死ぬまでにこのノートを使い切れたらいいなとは思ってるんですけど。

━━20年かけてこれだけだとすると、ペース的にはちょっと間に合わないかもしれませんね。

最近は「タイパ」という言葉を使うと聞きましたが、これは非常にタイパの悪い収集なんです。お金を払わなければ入手できないものではあるんですけど、お金をたくさん出せば集められるかと言えば、そうではない。冷蔵庫には限界があるし、食べられる量にも限界がありますから。すごく時間のかかる収集だったのだなと、25年経って気づきました。

でも、そこがまたいいんですよね。このノートだけでも終わりがなかなか見えない感じが。1パック買っても集められるシールは最大で10枚と決まっている。そこがいいんですよ。

━━あ、1パック買ったら10枚全部貼るんですね。でもそれ以上のペースで集めようと思ったら人にもらうしかない。

noteを見た方が「あげます」と言ってくださることも結構あるんです。実家に帰ると母が貯めておいたものを一気に20枚くれたりもする。でも、10枚を超えるとちょっとせこい感じがします。自分ではできない分、人の時間をもらっているようで。種類はたくさん集めたいし、人からもらえると嬉しいのも事実なんですけど。「集めているのでたくさんください!」というのは収集家として品がない感じがします。

それに、日付が入っているのがたまごシールのいいところなので。20個一気にもらったところで、同じシールが20個増えるだけ。なるべく違う日付のものがほしいというのもありますから。

人生の記憶を呼び戻す日記のようなもの

━━先ほどから何度か出てくる日付へのこだわりについて伺いたいです。

これは7歳でたまごシールを集め始めた経緯と関係しています。当時友達とのあいだでシール交換が流行っていたんですが、近所に自分の欲しいシールを売ってる店はなく、母に車で連れていってもらわなければ買えない。そんなときに冷蔵庫を開け閉めしていて、ふと気づいたんです。あれ、ここにシールがあるぞ、って。しかもそのシールには日付が入っていた。

━━そこで日付に目が留まるのが不思議なんです。

大好きなテレビ番組に『開運!なんでも鑑定団』がありました。1、10、100、1000、10000、100000、1000000……と鑑定額の0が増えていくところにロマンがあるなあと思って、毎週楽しみに見ていました。「いつか私も応募してみたい」「このシールであれば日付が入っている」「ずっと集め続けていたら、もしかしたらプレミアがつくのでは」━━。そう思ったのが集め始めたきっかけでした。

━━いつから集めているのかを証明するのに日付は重要な要素だった。

そうです。でもそこから今日までずっと「集めるぞ!」と頑張って集めていたかと言うと、それも違って。実家に住んでいた頃は母が買ってくるのが生協のたまごだったので。だいたい同じデザインのシールが続くじゃないですか。だから「せっかくあるし、貼らないともったいないから貼るか」という感じ。毎日の習慣、歯磨きのようなものだったと思います。

シールとしての面白さに気づいたのは二冊目に入ってからです。実家を出て東京で一人暮らしをし始めたことで、今までと違うシールを目にするようになって。「こんなに種類がある!」「青や緑色のもあるのか!」というのは新鮮な驚きでした。

━━ 一冊目と二冊目とでフェーズが変わっているんですね。

そもそも一冊目と二冊目のあいだにはブランクがあるんですよ。実家を出るときにこのノートを持っていかなかったので。たまごシールを集めていたことなんてすっかり忘れてたんだと思います。

しばらくして吉祥寺に引っ越して、ライフのたまごにシールがついているのを見て。「ああ、そういえば私、たまごシールを集めていたな」と思い出して、そこからまた集め始めました。だから4年くらい空いているんです。今は「ちょっともったいないことをしたな」と思っているんですけど。

━━お話を聞いていて思ったのですが、たまごシールには日付が入っているから、日記のように人生を振り返ることもできそうですね。

そうなんですよ!たとえばこのへんにシールがないのは、仕事が忙しすぎて全然自炊していなかったから。この大きなシールは、本屋でアルバイトをしていたときに業者さんから届く段ボールに貼ってあったもの。勤務時間中にみんなにバレないよう、こっそり携帯に貼っておいたな、とか。

これなんかも思い出深いです。知り合いのおにぎり屋さんの店主の方がくれたもの。厳密に言えばたまごシールではないですけど。たまご型のおにぎりをパックに入れて、その上にシールを貼って、誕生日プレゼントとしてくれたんです。

━━本当だ。「おめでとう」と書いてある!

日付は私の誕生日です。粋なことをしてくれたんですよ。

こんな感じで、日付とデザインを見れば住んでいた場所、交流のあった人など、だいたいのことが分かります。そんな使い方があるなんて、大人になってから気付いたんですけどね。

私の一貫性はここにある

2023年12月に上梓されたひらいさんのエッセイ『転職ばっかりうまくなる』。20代で経験した6回の転職を元に、「会社で働くこと」への不安や疑問が赤裸々に綴られている。

━━著書『転職ばっかりうまくなる』にもたまごシールにまつわるエピソードが出てきます。就活のとき、大企業の面接官を前に「私の方がたまごシールをたくさん集めてきた!」と思うことで落ち着きを取り戻したそうですね。

ザ・大企業、ザ・面接というシチュエーションはあまり経験がなかったから、完全アウェイで。でも、このノートは7歳からずっと持っている、皮膚とまでは言わないですが、すごく馴染み深いもの。これを見ていると、そこだけホームのようになるんです。

しかもこの時間の積み重ねがあるじゃないですか。「今はすごそうな目の前の人が新人だっただろう頃から、私はずっとシールを集め続けているぞ!」みたいな気持ちになれました。

━━そこでも日付が生きてくるんですね。

先日、著書の出版記念で文化人類学者の小川さやかさんと対談させていただいたんですが、小川さんの本の中に「日本人は人間性に一貫性を求める」と書かれていたのが印象的で、イベントでもその話をしたんです。日本では努力していい大学を出て、いい会社に入って……という積み上げが、その人の人間性を示すと考えられている、と。

そんなのどこの国の人も同じでは?と思うかもしれませんが、どうやらそうではないらしいです。たとえば誰かに暴言を吐かれたとして、日本人なら「あの人はそういうことを言う人」というように、人間性を示すものとして受け取るでしょう。でも、小川さんが研究しているタンザニアの人たちは「あいつは今、よくない状況にいるんだ」と考える。「人は浮き沈みするもの」という前提に立ち、人間性に一貫性を求めないのだそうです。

━━なるほど、面白い。

仕事に関しても、日本では一つのことを突き詰めている人が評価されやすいですよね。実際私のように転職を繰り返していると、いろいろと言われます。でも小川さんはそんな私を指して「ひらいさんはこの、たまごシールを集めているところに一貫性があるよね」と言ってくださって。

これはアイデンティティの話かもしれないです。生きていると仕事は変わるし、その時その時で興味を持つものも変わる。でも、そんな中でも集めているものがずっと変わらないと、そこに自分の一貫性があるように思えるのではないかと。これは私にとって発見でした。

━━集め続けるというのは一つの才能ではないですか。ひらいさんのnoteに対しても「20年も続けているのがすごい」という反応が多かったですし。集めたくても集められないという人も多い気がします。

いや「集めたくても集められない」というのは私もそうですよ! 集めているのはたまごシールだけ。高校のとき、リプトンの紙パックのシールを机の端に貼って集めている友達を見て「すごいなー。私にはできないなー」と思っていたくらいで。

私の場合は、偶然たまごシールだったのがよかったのかなと思います。これが大きなものや立体的なものだったら、ここまで集め続けることはできなかったかもしれない。ものによっては「集めている」と言うと人に引かれてしまったり、一時的な気持ちの揺れで捨ててしまったりもするじゃないですか。そういうものではなかったから、ここまで続いたのかもしれないです。

意味がないことの何がいけないの?

━━最初は「たまごシールを集める」「日付が重要」ということの意味が分からなかったんですが、お話を伺ってきて、最終的にはとても羨ましさを感じている自分がいます。

ははは。そんなこと初めて言われました。だいたいは「なんのためにやってるの?」と言われるから。「なんのため」なんてないんだけどな、と思うんですけど、合理的に考える人からするとそう見えるみたいで。

━━いろいろなところで求められますよね、「なんのため」。

そう。意味のないところに意味を求めないでほしいなと思います。意味がないことの何がいけないんだろうって。

たまごシールにしてもそうで、「集めよう」という気持ちももちろんなくはないんですけど、わざわざ「集めてやろう!」と思ってやっているわけでもないというか。たまごを買っている自分、使っている自分、付いていたシールを一旦冷蔵庫に貼る自分……そういう日常の中でやっていること。集めようという意気込みで始めなくても、結果として面白いものになり得るのが、収集という行為なのかなと思います。

━━日記や心の安定剤としての働きもそうですし、種類の豊富さや地域性も、結果として気づいた面白さだったということですね。ひらいさんのそのスタンスは今後も変わらなさそうですが、その中でもやっていきたいことがあれば、最後に教えてください。

そこまで気張って集めるわけではないですが、いろいろな地方に行って集めてみたい気持ちはあります。私が持っているものはまだまだごく一部だと思うので。

━━数としても「目標を追う」という感じではないでしょうが、その先にこのノートが埋まるといいですね。

このノートにしても、大学の先輩に誕生日プレゼントとしてもらった日記帳にたまたま貼り始めてしまっただけで、全部埋めることに意味があるわけではないんですけど。でも埋まったら面白いだろうな、と思います。

あ、そうそう。実は私、昨年ひそかに『なんでも鑑定団』に応募してみたんですよ。

━━おお、そうなんですね!結果はどうでした?

残念ながら返事はきませんでした。おそらく25年じゃ足りなかったんだと思います。だから25年後にもう一度、まだ番組が残っていたら応募しようと思ってます。「これ、半世紀前のシールなんですけど」って。

ひらいめぐみ
ライター、作家。1992年生まれ、茨城県出身。7歳からたまご(についている賞味期限が表示された)シールを集めている。2022年に私家版『おいしいが聞こえる』、2023年に『踊るように寝て、眠るように食べる』を刊行。2023年12月には百万年書房より初の商業作『転職ばっかりうまくなる』を出版。

執筆:鈴木陸夫/撮影:黒羽/編集:日向コイケ(Huuuu)


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