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心のカタチ④

”感情からの感情”
人の心は「幸せになりたい」と云う。
それはお母さんのお腹の中で幸せを知り、その幸せとなりたいがため気持ちが感情を湧かし、そう思う。

”思う”とは感情であり、気持ちが湧かした感情を云う。それは『気持ちのままに』となる本音になる。

人は常日頃、多くの”思う”や”考える”をする。
それ事態は感情であり”思う・考える”の使い方を間違えれば、本音とは違う感情も湧かしてしまう。

例えば、物事を「考える」とき、人の目線が反れる時がある。それは考えるがため知らず知らずに目線が外れ考えに集中した現れである。

それは感情を湧かす証であり、その後、言動は本音と異なることとなる。

ただ、その感情は悪くもなく、ただ、本音を言えてないだけ。ただ、その本音を言えてないことに相手がきづけなければ、相手はその感情をそのまま聞き入れてしまうこととなる。

それは、さらなる感情へとつながり互いにも「気持ちのままに」となれなくさせる。感情が伝染してしまう。

人の心の”気持ちからの感情”は、本音や自分らしさを表すが、”感情からの感情”は本音を見失わせてしまう。

感情には”感情からの感情”を湧かす癖があり、感情は人を介して「感情」を湧かさせてしまう。その感情に互いがきづけなければ、目的を見失うのは当たり前なことである。

人は仕事でもプライベートでも誰かとコミュニケーションすることが多い。その時、目線をそらし口にした言葉には感情が含まれ、本音とは異なり言葉を使ってしまっている。

そんな時は何故その人がその言葉を使ったのかを感じる必要がある。それには本音から読み解くことが”感情からの感情”に囚われなくさせる。

本音から読み解くとは言ったが考えるではない。それは相手の本音を”感じる”れば解ること。

相手の「心の言葉」を自身の心で感じれば判ること。心の言葉は「おもてなし」にもよく使われるが、そこにある本音は『幸せになりたい』に他ならない。

人は人生を歩めば歩むほど、知らず知らずに”感情からの感情”を湧かしている。その感情は、心の中心にある気持ちを囲むように人生歩んだ分幾重にも重なりあっている。それが複雑なこころのカタチとなっている。

薔薇の花びらが重なり合うように。

(心のカタチより)

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