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はじめまして・・・こんにちは!
いつかその日が来ると思っていたけども・・・
生まれ故郷に車を走らせること、片道二時間半
介護医療院にお世話になっている父のもとへ、一か月に一度は会いに行く
車中では、なるべく陽気なラジオを聞きながら、楽しいドライブ中だと
自分の頭に刷り込ませている。
いつものように、細々した事務手続きや、お世話になっているスタッフさんと、短い挨拶を交わし、父の部屋へと急ぎ足で向かう
静かな4人部屋の一番入口に近いベッドで、壁なのか天井なのかを見ている
父がいた。
「お父さん、娘のみやこだよ・・。」
いつもの決まり台詞のように、ここから始まる。
声に気が付いてゆっくり私に目線を向ける・・・。
まるで、小さな子供が新しい何かを見つけた時のように
ぼんやりした瞳が少しずつ見開いていく
「わかる????み・や・こ・」
鼓動が少しドクドクするのを抑えながら父の瞳を覗き込むように見る。
父は、ゆっくり首を小さく振り
「わから・・ん」とつぶやいた。
私は、目の前が少し歪んで、次の言葉がすぐに出なかった。
口の中が乾いていくのが分かる・・・。
「お、お父さん、みやこよ?娘のみやこ!お父さんの仕事場まで自転車で迎えに来ていた、みやこだよ?」
さっきまで、見開いてた父の瞳が、ぼんやり陰りを見せていく・・・。
忘れられてしまった・・・。
一か月前に会ったときは、まだ私を分かっていてくれたのに・・・。
とはいえ、どことなく朧気であるのは感じていた。
先月、父との面会を済ませたあと
ふと、なぜか不安がよぎったのを私は覚えていた。
来月・・・父は私を覚えていてくれるだろうか?
この不安が現実になってしまった。
私に何の興味も示さない父
「そっか・・・。わからないか・・・。」
気が抜けてしまった、私の言葉にはため息と入り混じるしかない
情けない言葉しか出てこない
面会時間は、感染症対策もあり長くない
私は、今できることをしなくては!
お父さんの好きな曲をCDで流し見る
聞こえているようだが、特別な反応はない
それから先は、私も何を話したか覚えていない
多分、天気がいいとか・・寒いとか・・
12月だとか、クリスマスが来るとか・・・・
そんな話をしたであろう。
もう面会時間も残りわずか・・・。
私を忘れた父に、混乱や動揺をさせたくないから
本当は、言いたくなかったけど、つい私の口から出てしまった
「お父さん、みやこ?本当にわからん?」
忘れたことを受け止めたくなった、父が私をどう認識してるんだろう?
そんなことを考えると、急に我慢していた涙がこぼれそうになり
慌てて・・父にはまた来ると約束を勝手にして、部屋を出た。
帰りの車の中で、関西のお笑い芸人の軽快なしゃべりを
聞き流しながら、父との思いでが頭のなかでぐるぐる駆け巡る・・。
泣いても仕方ない・・・でも泣かずにいられない
こんな私にとっての二時間半はありがたい距離であった。
二時間半の間に、私の心は整理されていた・・。
次も、きっと同じことになるだろう・・・
忘れられてしまったなら、また今日から新しく始めればいい
新しい思い出を
忘れられたなら新しい私で会いに行くしかない
来月
父の病室にはいったら、にっこり笑って
「はじめまして・・こんにちは!」と言えるように・・・。