田んぼ、始めました
この春から、田んぼを始めた。三浦半島の生物多様性保全に取り組むNPOに参加し、横須賀のとある耕作放棄地の復田を任されることになったのだ。
現場は、周りに宅地開発の波が押し寄せる中で奇跡的に残った谷戸。草や竹を刈り取って燃やし、ユンボで根を掘り起こして畦をつくり、川からパイプで水を引いて田んぼに入れ、田起こしをして畦塗りをし、土がドロドロになるまで代掻きをする。←今ココ
この田んぼは1960年代に耕作放棄されたというが、確実に江戸時代からここで代々お米を作ってきたはずで、赤穂浪士の講談とか聴きながら黙々とクワを振るっていると、いつの間にか当時にタイムスリップしたような不思議な気分になる。頭の中がシンプルにすっきりして、ややこしいことは考えない。AIとか経済とか、そういう頭の中の世界のことは、どうでもいい気がしてくるし、そういうことを考えたり議論したりしてる連中はバカじゃないかという気にもなる。そして無性に愉しい。
江戸期の異端の思想家・安藤昌益は、武士、貴族、僧侶、商人など、他人に食べ物をつくってもらって偉そうにしている人たちを「不耕貪食の徒」と呼んで厳しく批判し、「万人直耕」の世を理想としたが、本当にその通りだと思う。身体を使って自然と切り結んで食べ物を生み出す現場から生活文化が生まれる。芸術文化なるものは、大地からもたらされた食べ物で養われる貴族や武士やアーティストが、農民や漁民の生活文化を養分にして生み出す、徒花のようなものか。AIの時代にも、私達は他の生命を食らって生きるしかない。そして生命はすべてつながり、支えあっている。それを忘れて妄想にうつつを抜かし続けるなら、私達は滅びるしかないだろう。
そして、自分の感覚の変化も興味深い。毎週末、田んぼに通っているが、日に日に、自分の心の中に田んぼがある感覚になっているのだ。空を見れば田んぼが気になるし、ずっと放棄されていた水田に半世紀ぶりに水の循環を作り出せた時は、内なる田んぼが生き生きして喜んでいた。住み着いたカエルの鳴き声を聴くと嬉しい。
畑をやっていても、やはり自分と畑がつながる感覚はあるのだけど、田んぼの場合は泥まみれになる身体感覚と、水の巡りがあるから、ずっと交わりがディープな感じがする。
最近、東北の漁師さんのことを調べているが、彼らの海とのつながりにも似たものを感じる。僕らは海を見て美しい風景としか思わないけれど、漁師は漁場の岩の一つ一つを知り、どの岩陰にいつごろどんな魚がいるかも肌でわかっている。海は彼らの身体の一部なのだ。(だから、そこに原発からの放射能で汚染された水を流すなど、肌感覚でありえないことなのだと思う。メリットとデメリットを天秤にかけて海洋放出を是とするなど、陸の発想なのだ)
こうして田んぼと「つながる」暮らしをしてると、プラスチックを野山に捨てるとかありえないし、気候変動も生物多様性の問題も自分事になる。しかし、圃場整備して機械や農薬や化学肥料を使う慣行農法では、田んぼとのつながりは薄くなるだろう。
いろいろネットで情報を得て環境への関心を深めるのもいいけれど、一人一人が「農」を行うようになり、誰もが特定の大地やそこに棲む動植物と「つながる」感覚を持てるようになることが、持続可能な社会に至る道なのではないかと感じる。それは、命を支える「食」をグローバル企業の支配から取り戻すことにもなる。
経済が人間を疎外し、大地から切り離してきた。だとすれば、グローバル経済の翳りが、ヒトが大地とのつながりを取り戻すきっかけになりうるのではないだろうか。