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書くことは、自分の幸せをつくり続けること。
書くことが好きではなかったの?
自分自身に問いかける。
あんなに書くことが好きだったのに、もう1ヶ月もこうして文章を書くことができなかった。
「あのことを書きたい」そう思うことは山ほど浮かんできた。だけど、なぜか書けなかった。
4月から天狼院書店のライティングゼミに参加して、2ヶ月間、毎週2000文字の課題提出に奮闘してきた。仕事も忙しかったし、子育てもあるし、いっぱいいっぱいな中、なんとか毎週課題を提出してきた。
眠い目を擦りながら、必死で書いた文章が天狼院書店のホームページに掲載され、たくさんの人に読まれるのは本当に嬉しかったし、自信にも繋がった。
ではなぜ突然、文章を書くことができなくなったんだろう。
それには、理由があった。
仕事面で大きな転機を迎えていたからだ。
私は3年前から大分県の片田舎で仲間と共に民間の学校をつくり続けてきた。その中で何度も転機はあったし、苦しい場面もたくさんあった。その度に自分自身と向き合い、乗り越えてきた。でも、今回ばかりは本当に自分がこれからどうしていけばいいのかわからなくなっていた。5月末のある出来事を境に、自分が本当につくりたかった学校はどんな学校だったのか、根本に戻って考えることがあった。悶々とした日々を過ごしながら、文章を書けない時期が続いた。
1ヶ月が経ち、ようやく自分の道筋が見えてきた今、気づいたことがあった。毎週の課題提出はできていなかったけれど、私は、毎日のように文章を書いていたのだ。
心がぐちゃぐちゃになったとき、泣きながらノートに手書きで気持ちを書きなぐった。誰に見せることもない、自分だけが見れるノートだからこそ書けることがあった。書き終えたとき、何か答えが見えたわけではないのに、どこか気持ちがスッキリとしている自分がいた。
あるときは、携帯の日記機能につぶやいていた。これも誰も見ることのない私だけの秘密の日記。そこには短く、ほんの一言だけど自分が今感じることをただただ短く呟いていた。自分の今の気持ちを確かめるように、自分と対話するように書いていた。
またあるときは、信頼のできる友人にメールをしていた。自分の今の心境や想い、悩みを友人に伝えることで気持ちの整理がついてくるようだった。そこには自分に言い聞かせるように前向きな言葉を綴った。そして本当にその言葉に自分自身が励まされていた。
手紙をもらった。私のことを心から心配し、そして信じてくれる温かいお手紙だった。返事を書いていると、心の中で自分の気持ちが浄化されていくように感じた。私はもう、大丈夫。これでいいのだと。
思い起こしてみるとこの1ヶ月、こうして長い文章を書くことはなかったけれど、私の毎日には「書くこと」が寄り添ってくれていた。書くことなしに今の自分の前向きな気持ちは生まれていなかったとも思う。
先日、小学3年生の我が子が学校で先生に褒められたと報告してくれた。毎週土日の宿題である日記を先生に提出するときに、「なんか、書くことが楽しいっていう気持ちがわかった」と息子は言ったそうだ。
小学一年生から取り組んでいた毎週末の日記の宿題は、彼にとって苦痛以外の何者でもなく、それは親である私も同様だった。自分は書くことが好きだけど、誰かに文章を書かせることは得意ではない。
しかし、3年生になってから急に息子は長い文章を書き始めた。
「あ、あのことも書こうかな」
楽しかった土日の体験を一つ一つ文字に起こし、気持ちを乗せていく。文章を書く息子の背中からは、「楽しい」がじわじわと伝わってくる。
私が学校で担任している子どもは小学一年生から四年生までの6人。4月から帰りの会で、毎日の日記を書くことを始めた。はじめのうちは、みんな何を書けばいいのかわからないと言っていた。「いつ・どこで・何を・どうした」から始まり、少しずつ自分の気持ちも乗せていく。初めは一行書けただけでもオッケーだった。
五感を日記に入れたらどうだろう。
目、耳、鼻、口、手の絵を描いて、「どんな匂いがした?」「どんな手触りだった?」と尋ねていった。そうすると、五感で感じたことが日記にどんどん表れていった。
最初から、一番、書くことを嫌がっていた小学四年生の女の子がいた。日記はいつも「〇〇が楽しかった」の一文だけ。そこから先を要求すると、嫌がっていたので、あまり彼女に書かせようとするのはやめていた。書く回数を重ねていけば、いつか書く楽しさがわかるかもしれない。
そんな彼女が五感の話をしたときに、日記に五感を通して感じたことを書いたり、気持ちを豊かに表現したりするようになってきた。
そして、6月のある日。その子のお母さんがお迎えに来たときに話してくれた。
「昨日、うちのベランダにホタルが出たんですよ。そのとき、娘がこのこと日記に書きたいなーって言ってたのでびっくりしました」
胸がジーンと熱くなった。
そうか、彼女は書くことが嫌いなのではなかった。どうやって書けばいいのかがただわからなくて困っていたんだ。
そして、少しずつ書けるようになった今、自分の感動した瞬間にそれを書きたいと心から思えたんだ。その彼女の変化が、ただただ嬉しかった。
私がライティングゼミに参加しようと思ったのは、自分が文章を書けるようになりたいからだった。でもそれは、文章を書く楽しさを、そして自分の気持ちを言葉にして誰かに伝えることのできることの素晴らしさを子どもたちに伝えたかったからだ。
書くことで、自分の気持ちに気づけた。
書くことで、自分の考えが深まった。
書くことで、相手に自分の気持ちを伝えられた。
書くことで、新しい道が見えてきた。
書くことは、人生を豊かにする。人の幸せをつくる力がある。それを私は確信している。
だからこそ、子どもたちに「書く楽しさ」を伝えたい。
大げさかもしれないけれど、それは私の小さな使命だと思っている。