JAYくんの地図
注:この記事は、2021年7月に投稿(初稿)した「JAYくん」に続くものです。
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昨年の秋のこと・・・である。
オンライン・ボランティアが終わって、さあ、お昼にしようということで・・Zoom でそのまま繋がって・・・ランチのひと時。
JAYくんが聞いてきた。
「ナニヲ タベテ イマスカァ〜」
「知ってる? これは 蕎麦と言うんだよ。食べたこと ある?」
JAYくんは興味津々。この時が、JAYくんが蕎麦の世界の暖簾をくぐった瞬間と言えば瞬間だろう。彼は輝く瞳で、蕎麦のムコウに憧れの日本を見ているのだろう・・・きっと。二十歳のワカモノの真っ白な地図には、遥かな地平線の先に、未だ見ぬ JAPAN。
「オイシソォーウ。」
そう言われたら、応えてあげたいのが人情ってもので、そんなこんなで、じゃあ今度、一緒に食べようってことになった。
けれども JAYくん、日本で言うところの専門学校に通っていて、もうすぐ試験。そりゃー頑張らないと。手に職をつけて自立を目指す JAYくん。蕎麦は逃げやしないから、またいつか。今は勉強をガンバって。こんな感じでその場を切り上げようとしていたら・・・、
JAYくんが例によって2度繰り返した。
「ライネン ライネン。」
そういうわけで、彼の思いをくんで、なんとなく企画がセットされた。それからボクらは、ゆーっくりと、その日に向かって準備を始めた。
まずは、蕎麦とつゆについて。
蕎麦とつゆの写真をWhatsAppで送り、「これだよ。これが必要だよ」って。
ついでに、どこで買えるかも考えた。
彼の近くに日本食料品店はちょっとなさそうだ。そんな時の amazon、ではあるんだが・・・でもでも、中国系か韓国系のスーパーなら、手頃なのを売っているはず。
さてさて・・・これはまた別の日のこと。日本人の仲間たちが超・現実的な視点で意見交換した。
「(まだ定収入のない若者が) 結構なお金を使って、もしも味が口に合わなかったら、かわいそうじゃない? 『緑のたぬき』とかなら、アメリカ人の口にも合いそうだし、まずはそこから始めてみるのが良いのでは。それで気に入ったら次は蕎麦をゆでて・・・」。なるほど、実際的で、良い落としどころだ。「イイかも」。「スゴイ、イイかも」・・・と、異口同音・「イイかも」の連呼がひと段落ついた時、今度は「緑のたぬき」の写真を彼に送ってみた。こんな感じでボクら日本人の間で、とんとん拍子に、イッポー的に、話がまとまっていったのだった。「ヨーシ、JAYくんの蕎麦デビューは『緑のたぬき』、あるいは『どん兵衛』で 行こーう!」。
そんな時も JAYくんは、のんびり幸福そうに笑っているだけ。この辺が彼の素晴らしいところだし、ボクらが尊敬しているところのひとつだ。感謝の念に満ちていて、おおらかな若者なんだ。
そして・・・2022年が・・・静かにやって来た。
1月7日。
夜が明けて、カーテンを開けると今年初めての雪景色。10センチほど積もっただろうか。アパートの3階の窓から、スマホでバックヤードを写真に撮った。あの雪の毛布の下で、虫もミミズもチューリップの球根も、じっと春を待っている。どんな夢を見ているのかな・・・。そんな白い世界に触発されたのかもしれない。その週ボクは JAYくんに切り出してみた。
「どうかな そろそろ 蕎麦 食べてみよーか? 来週は どう デスカ?」
「ハイ ハイ。 イイデース。」
「OK! そうしよう。 もう 蕎麦ヲ 買いましたか?」
「カイマシタァー。」
「ナニ ヲ 買いましたか?」(緑のたぬき それとも どん兵衛?)
「ハイ ハイ」。そう言いながら、購入したモノを見せてくれた。それが何と、ちゃんとした蕎麦っ。
「えっつ。 スゴイ! つゆも 買ったの?」
「ハイ ハイ。」
ボクの脳裏に、 JAYくんの白い地図がまたしても広がった。人生の地平線のムコウには、彼が目指す場所がある・・・。独学で日本語を学ぼうとするほどに、純粋に日本を見つめる彼の無垢な思いは、「カップ麺」では物足りず、一途に「蕎麦とつゆ」へと向かったのだ。彼のためを思ったつもりで「カップ麺がイイかも」と勧めてはみたけれど、彼の可能性の広がりは、そんなボクらの取越し苦労をひょいと軽やかに飛び越えて行ったのだ。
さあ、いよいよその日が来た。そして・・・昼になった。作り方は袋に書いてある通りだから、自分でやってみてもらうことにした。果たしてどんな蕎麦が出来上がってくるんだろう・・・。
Zoomの前に集まって、「イタダキ まーす。」
そしてすかさず、「どれどれ、JAYくん、どんなだい?」
見せてくれた初蕎麦は、お皿に乗ったサラダ風だった。何がしかの野菜を散らしたところに、つゆを絡めて・・・言葉でスケッチすれば、風のような爽やかさ立ち上る 蕎麦サラダ。 そう、青春の蕎麦!
みんなで、惜しみない拍手を送った。
「イイぞ イイぞ」、「ワー イイじゃなーい」、「どう 美味しい?」。
「と」と「お」にアクセントを置いて、JAYくんが感動を口にした。
「トテモ オイシーイ デ〜ス。」
かくして JAYくん の初蕎麦は地平線のムコウへと鮮やかに旅立って行ったのだった。
この機会に、折角なので、ボクらの蕎麦も見てもらった。蕎麦、つゆ、薬味のネギとチューブのワサビ。蕎麦の上にはハサミで細く切ったノリを散らして、納豆、そして大根おろしも添えて・・・。この日のために特別出演をお願いした敬愛するセンパイは、ボクの期待をはるかに越えて、JAYくんのために芸術的なレイアウトで蕎麦の世界を紹介してくれた。てんぷらに、かき揚げに、山芋も擂って、何て豊かな彩り。淡々と、且つ、さりげないセンパイの優しさが、心にしみた。
「いいかい、こーやって食べるんだよ。」
「はじめは ズルズル でもいいし、ズルスル かもしれない。そのうちスルスル、ツルツルっと できるようになるよ。これがカルチャーなんだ。音を立ててすすると、一味違ってくるんだよ。今度食べる時には、この食べ方トライしてみて」。そんな思いを込めて、典型的なスタイルを彼に伝授して、あーだ こーだと会話も弾み、40分ほどのイベントは和やかにお開きとなった。
午後1時過ぎ。Zoomを終了しようとしたタイミングがずれて、JAYくんが一人残った。残り火のような会話が続く。どういう具合か、大根おろしの話になった。大根をおろして、蕎麦つゆに少し入れて、これがまた美味しいんだ。おろし金は、簡単なものでよければアジア系のスーパーでも見つけられると思うよ。それを使えば、ホラ、こんな感じに出来上がるんだ。
ボクはコンピュータのカメラに、スプーンに乗せた大根おろしを近づけた。
それを見てJAYくんは、言った。
「 ゆき みたい。」
そのひと言が、空気を揺らした。
コトバ が 結晶となって 光っている。
そのとき、はっきりと見えたんだ。 JAYくんの 二十歳の地図 が。
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