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五月雨、一矢となって。

くれなずむ空は薄雲を浮かべ、朱に藍に染めては散らす。
渡る風は夏の残滓をすっかり浚って、路地の隅まで清澄で満たした。
こうしていつまでも座っている、私の鼻先を金木犀が嘲笑う。
今に冴えわたる月が現れ、心地よい寒気を降り積もらせるだろう。

肌が湿っていくのを感じながら、私は瞼を閉じる。
何も映さないその暗幕の中に、ずっと何かを探していた。
そうしている間に過ぎた季節が、朝が、雨が、閃いては消えてゆく。
手を伸ばしても掴み損ねるばかりだったそれらが、今また閃く。
開く限りの両目で受け止めたそれらを、零さぬよう瞼を強く閉じる。
降るものの全てには触れないとしても、この目が覚えている。

瞼の内側の光が、揺らめき、うねり、強く鮮やかになっていく。
開く時、きっと幾筋もの閃光となって、空一面に拡散していく。
拡がり、反射し、屈折したそれらが収斂してまた私に帰ってくる。
その時こそ、いつかの五月雨一矢となって、夜陰の内に宿願を貫く。

本、映画、音楽など、数々の先達への授業料とし、芸の肥やしといたします。