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Born to be wildでいいです

「希望を奪えば、残るのは耐え難い絶望のみ。家庭は地獄だぁぁぁぁ」
「恥ずかしいやつだなぁお前。俺たち40をとうに過ぎてるんだからな」
きつい言い様をしたつもりだったが、やつにプライドというものが無いのは僕が一番よく知っている。それでもバカはバカなりにを気取ったつもりだろうか。津原は早起きのパン屋の親父みたいな笑顔でさわやかにやり過ごした。

「とにかくこんなときでも腹は減る。ビブの店でものぞいてくる」
「んっ??何?」一瞬狼狽えた。
お育ちの良い人間は、頭は悪くても勘は鋭いのだろうか。
いやいやそんなことはあるまい。

そうだビブの店だ。ビブの親父は呉服屋顔のくせに美味いバゲットを焼く。僕が小学校に上がる頃にはもう店を構えていたから、たぶん60歳は超えているはずだ。このマチの生まれではないし、どこからやってきたのかも誰も知らない。

ご出身は?とか、以前はどちらに?と聞かれると、いつもこう答えていた。「たくさん歩きました。そうとてもたくさん」

と、そこで3秒ほど遠くを見るような表情でこう続ける。「そしてこのマチについた時、神様がおっしゃったのです」今度は1秒。「このマチにとどまりなさいと」

出来すぎた話だと思うよ。あれは絶対に嘘だね。第一、彼はクリスチャンでもないし、自分以外の何かを信じているとは思えない。だから僕はこう思っている。あの親父は地図が読めないんだ。

このマチにたどり着くことはできても、出口を見つけることができなかった。その結果、僕たちが美味いバゲットにありつけるという幸せ。世の中の偶然は恩恵を受ける立場から見るとあるべき自然なのかもしれない。

飯野、鳶田、津原、獅子戸、そして僕。あのころの僕らは1人の15歳と3人が16歳、同じ学校に通うごく普通の(あの当時のという意味だが)高校生だった。別にこれと言った目的はなかったし、高邁な思想や暴力沙汰とも無縁だ。

それにしても初めてあった時の獅子戸は忘れられないインパクト。あいつの自己紹介がどんなだったと思う。
「ライオンの獅子にドアの戸と書いてシシドです」
ドアの戸っていうのもどうかと思うけど、まぁそれは許容範囲。でも、こう続けるのはどうかと思う。

「友達は僕のことレオって呼びます」 ジャングル…大帝?しかも自分で言う。どういう育ちをしたらこういう感性が身につくんだろう。レオって。それはないだろう。 レオ自らのお願いも虚しく次の日から呼び名はドアマンになった。まぁ他の奴らのことはおいおいと。

なぁイーノ。お前はまだ道に迷っているのかい。

あの年、僕らのお気に入りはドーヴィルだった。住宅街の丘の上にある高級スポーツクラブ付属のガーデンプール。ハイソサエティと成金趣味の危なげなバランスがいい感じ。 なぜそんなトコにいりびたってたかは聞くな。もちろん理由がある。

そうだとも健全な若い男子が夢中になれるいくつかの理由。
このヒントからあなたが導き出した最初の答えがきっと正解。
お前たちは金持ちの子だったのかって。少なくとも俺は違う。

世間ではあくどいことで有名な不動産屋(そのくせ人はいいんだけどね)の息子。つまり鳶田くんのお父上がこの都市型リゾート施設(懐かしい響きだね)の設立関係者だったからという至極当たり前の理由。

優良顧客候補に配布されるはずの検印付き無料チケットがなぜか自由に使えたというわけ。途中からそれも顔パスになっちゃったけどね。(もちろん周囲に気づかれないほどの謙虚さはあった)そんなわけでその夏、ぼくらは殆どの時間をドーヴィル横浜に振り分けていた。

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