屋外でコントラバスを弾くことについて。
イタリアでは夏の間、どこの町や村でも屋外でのコンサートや劇の上演などのイベントが頻繁に行われます。これらは基本的に「雨が降らないこと」を前提として、無邪気に企画されます。今の時期はこうして外で弾く仕事がほとんどなので、これを機に思ったことをまとめておきます。
1.コントラバスには屋外演奏が似合わない!
コントラバスの音は、ヴァイオリンやチェロのように「良く通る音」ではなく「あたりに充満する音」だと思いますし、それが魅力だとも思います。つまり「充満するスペース」が必要なわけで、こうした野外の演奏ではその「包み込むような」音の特性はまず出せませんし、どんなに良い楽器でも安っぽく聴こえるというのが僕の経験です。チューバやトロンボーンに比べて音量も無いので、周りに建物が無く、下が土(固い床や、下に空洞があるステージは少しは音が反射・増幅される)という状況では特に無力さを感じますし、弾きにくいです。PAさんやアンプを通じて増幅するのが定石ですが、そうすると今度はサウンドエンジニア的な難しさが出てきます。
2.少しの風でも演奏が困難に
大体において、こういう野外コンサートを企画する人たちは、雨天のことは考えても(雨の場合は別の屋内会場で、など)、風のことは考えていないことがほとんどです。僕らクラシック音楽家は、譜面を読んで演奏するのが仕事です。そして、ほとんどの場合「譜めくり」という作業が必要になってきます。野外の場合は飛ばされないように「洗濯ばさみ」で楽譜のページを固定することが多いのですが、これがあるのと無いのとでは譜めくりにかかる時間は10倍くらい違います。「次のページの洗濯ばさみを外す→外した洗濯ばさみを手に持ったままページをめくる→手に持っている洗濯ばさみで右側のページを固定→左側のページの洗濯ばさみを付けなおして、左側のページを固定」という、かなり集中力がいる一連の作業をこなす必要があります。僕は小さいオケで一人で演奏することが多かったので、自慢じゃないですがこの作業がかなり上手くなりました。特にこの2年間は感染症対策でプルトを組まず一人の奏者に譜面台がひとつというやり方が当たり前になっていて、同僚が譜めくりであたふたしているところを涼しい顔で弾き続けるという優越感を感じる機会が増えました。笑。近年ではタブレットで演奏する人も増えてきましたが、譜面台ごと風で倒れてタブレットを壊した人を知っていますので、しっかりした譜面台を用意することが大切です。
3.そして雨が降った時の地獄
もし風でパート譜がめくれなかったり飛んで行ってしまっても、僕ら演奏者も指揮者もお客さんも、「まぁしょうがないよな」と何事も無かったように振舞って、演奏を再開できるとこから合奏に参加することで大事には至りません。問題は、演奏中に雨雲が近づいて来たときです。こんな時、僕ら演奏者は指揮者やコンサートマスターに「演奏を止めろ!」という目配せを飛ばしまくります。この時の緊張感というか、スリルというかはちょっと他では味わえません。オーケストラにおいて指揮者はやはり絶対なので、指揮者が棒を振っている間は演奏を続けますが、この時に指揮者が感じるプレッシャーは物凄いでしょうね。演奏を止めて、もし雨が降らなかったら主催者側から大非難でしょうし、かといって演奏を続けて急に降り出して楽器が濡れると演奏者側から大非難です(言うまでもなく、どんな楽器も水に濡れるのは「破損」の一種です)。そんなスリル溢れる睨み合いも「最初の雨粒が誰かの楽器に当たるまで」の話です。少なくともここイタリアでは、その奏者はすぐに席を立って避難し、他の団員も「待ってました!」とばかりに続きます。コントラバスは楽器が大きいので急な避難には向きません。最悪です。具体的な対策としては、ケースを出来るだけ演奏場所の近くに置いておくことです。主催者側からはよく「楽器のケースはまとめてあの部屋に!」などと言われますが、そんな指示に負けて言いなりになっているようじゃ屋外で自分の楽器は守れません。
そんな訳であまり良いところが無いように思える屋外での演奏ですが、天気さえよければやっぱり気持ちが良いものです。沈みゆく夕日を眺めながらとか、そびえたつ山肌をバックに・・・などはコンサートホールで演奏するのとはまた違った魅力があります。あ、
4.蚊に刺されたり、照明に見たこともない虫が寄ってくる
ことが多いので、やっぱり出来るだけやりたくないかな・・・。笑。