合成生物学の歴史
昨日、がんムーンショットの発表を紹介しました。
新組織ARPA-Hで基礎研究を率いるリーダーの専門が「合成生物学」です。
ただ、この言葉はまだまだ知名度は低いので、歴史や最近の動向について触れてみたいと思います。
一応Wikipediaでもその用語は載っているので引用しておきます。
シンプルに言うと、生物を細胞レベルまで分解して工学技術でデザインする試みです。
合成生物学を推し進める歴史的なイベントとなったのが人類の遺伝子配列を解析する「ヒトゲノムプロジェクト」です。
2000年に、そのプロジェクトが完了したという歴史的な報告を当時のオバマ大統領が行いましたが、実は当初予定より相当前倒しで実現しました。
率直に言って、政府主導のビッグプロジェクトとしては珍しいことです。
これには「セレラ・ジェノミクス」というバイオベンチャーによる影響が大きいです。
なんとこの1企業が、政府の計画を超えるスピードで独自に解析を進め、最終的に政府の顔を立てたという信じがたい顛末です。
特に、上記文中にも登場する同社社長クレーグ・ベンター氏が編み出した「ショットガン法」によるものが大きいです。
名前の通り、解析対象のDNA配列をバラバラにして、コンピュータパワーでその断片を並列に解析して組み合わせるという荒業です。
これは、コンピュータとそのアルゴリズムによる勝利ともいえ、生物工学に情報科学を導入して成功した歴史的な成果です。
ベンター氏は、政府の顔を立てるという政治的判断もそうですが、ヒトゲノム解析に目途が立ったので別のテーマに関心を寄せていくことになります。
それがまさに「合成生物学」で、単に生物の配列を解析するだけでなく「構築」することを目指しました。
その初めの対象となったのは「ΦX(ファイエックス)174 」という、歴史上はじめて遺伝子配列が解析されたウイルスです。
ベンター氏率いる研究グループは、オバマ大統領の完了報告からわずか数年後の2003年に、このウイルスを化学物質で合成することに成功します。
ただ、ウイルスは宿主がいないと生存できない、つまり自身でエネルギーを創ることが出来ないため、一般的には生物には含めません。(これは生命の定義に代謝を含めるかどうかによります)
さらに研究を進めて、2007年についに「マイコプラズマ・ジェニタリウム」とよばれる細菌の合成に成功しました。
勿論シンプルな配列を持つ生物を選んだわけですが、それでも約60万塩基対で、合成生物学の幕開けといえる偉業です。
勿論合成だけで生命活動として機能しなければ単なる工作に過ぎません。
上記の研究をさらに進化させて、ついに2010年、合成したDNAを宿主細菌に移植して、通常の生命が行う基本的な活動「細胞分裂」が行われることを確認します。(対称は別の細菌に変更)
Science誌に投稿され、今でもこちらで閲覧することが出来ます。
ただ、これも細かく突っ込みを入れると、宿主の力も借りているため完全な合成生命(または細胞)ではありません。
さらに改良を重ねた結果、2016年に自己増殖(つまり細胞分裂)できる最小限のDNA「JCVI-syn3.0」の作成に成功します。
シンプルにいえば、元素材をバラバラにして組み合わせパターンを試行錯誤することで、生命活動にとって必要最小限な要素を理解する、というアプローチで、ゲノム解析のショットガン法の考え方に似ています。
ただ、初期バージョンは安定性に欠けたため、さらに2020年に安定的に細胞分裂を行う「JCVI-syn3A」の開発に到達することになります。
このあたりの経緯は、下記サイトで動画と共に紹介されています。
このように、ベンター率いる研究グループがこの「合成生物学」という新分野を開拓し、際立った研究成果を残しています。
他にも別のグループで近い試みは行われていますが、まずは合成生物学が生まれた歴史としてここまでにとどめておきます。
<上記以外の主な参考リソース>※タイトル画像も下記より引用。