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20世紀最大の化石にまつわるミステリー
化石は必ずしも「見つけた場所=その国の所有物」になるとは限りません。
植民地時代では、支配国が所有するほうが多いかもしれません。「大英博物館」はよくその文脈で話題になります。
これらは過去の話かとおもいきや、現代においても近いことは残っているようで、今とある化石をめぐった判決が話題を呼んでいます。
ようは、
ブラジルで発見された珍しい恐竜の化石をドイツ研究グループが不法に輸入したとしてドイツ当局も返還する判断をくだした、
という話です。
上のサムネイル図でも分かりますが、肩から「槍」状のものが突き出ていて「槍の神」と呼ばれる珍しい形状です。
時代は白亜紀、まさに恐竜の全盛期にあたります。2020年末にドイツの研究グループが学術論文を発表したのですが、この論文も撤回する騒動にまで発展しています。
この化石の研究だけでも新しい恐竜像を現すユニークな材料ですが、今回は化石を巡った20世紀最大の事件を紹介したいと思います。
それは「人類の起源」を示す、ある意味考古学でも最大のミステリーです。
今の人類は「ホモサピエンス」と呼ばれます。
四足歩行の猿人から二足歩行の現生人類に、どのタイミングで変わったのか?まさにこれが人類の起源を示す「ミッシングリンク」です。
時代は20世紀初頭です。それまでは、インドネシアのジャワ島で見つかった化石がまさにその候補として注目され始め、人類の起源が解明されるかも?という期待にあふれた時期でした。
そんな時代背景の中、1911年にロンドン郊外のピルトダウンで、歴史を揺るがす人型の化石が発見されました。
まず、当時見つかった骨を再現した図を載せておきます。
![](https://assets.st-note.com/img/1658697291944-ektKNO43wl.png?width=1200)
これは当時見つかっていた化石と比較しても、明らかに脳が発達しており、「(ドーソンの)夜明けの人」と当時は名付けられました。
発見者は、弁護士でアマチュア考古学者でもあった「チャールズ・ドーソン」とその研究グループです。
下記がその時に主に発表に関わっていたとされるメンバーです。
![](https://assets.st-note.com/img/1658697861584-G4Blv2QdTc.png?width=1200)
後列の左から2人目がエリオット・スミス氏、3人目が発見者であるチャールズ・ドーソン氏、4人目がウッドワード氏。前列中央の白衣の人物はアーサー・キース氏という面々です。
ドーソン氏はアマチュアでしたが、他の学者は当時すでに有名な学者であることから、これこそがサルとヒトをつなぐミッシングリンクだ、と世界中で話題になりました。
特に、当時見つかっていたジャワの化石よりもはるかに「脳」が大きいことから、人類を鼓舞する象徴もあったのではないかと思います。
この化石を前提とした論文が200以上も発表されましたが、やっと40年近く経って科学の力がその疑惑を糺しました。
「フッ素法」とよばれる、骨に含まれるフッ素成分を解析する技術進歩の結果、この化石が「たったの5万年前」であることを証明しました。
ちなみに、現時点では約700万年前と推定されるサヘラントロプスが二足歩行していた最古の化石とされています。(異論もあります)
後の調査でこのピルトダウンの化石は、下あごはオランウータンで上部は現生人類を接合したものであることが解明されました。(なぜ気づかなかったの?と素直に感じますが、それだけ精巧な捏造処理だったようです)
この考古学最大の捏造事件の犯人ですが、関係者はみな他界しており、決定打はありません。いまのところ下記が容疑者として挙げられています。
・第一発見者のチャールズ・ドーソン氏
・支持した科学者の誰か(エリオット、ウッドワード、アーサー)
・ウッドワードの助手(捏造技術を持っていたマーティン・ヒントン)
・とある探偵小説家
1996年に科学誌Natureはマーティン氏を、2016年にはロンドン自然史博物館が第一発見者のドーソン氏を犯人と断定するなど、いまだに迷走しています。
そんな中で思わぬとばっちりをうけたのが最後の「探偵小説家」です。
なんとあのシャーロックホームズを生んだ「コナン・ドイル」です。
元々ドイル氏の本業は医師で、歴史小説家を目指したり現実の事件にも介入するなど、多方面の活躍で知られています。
ある意味「有名税」なのかもしれませんが、発見場所がドイル氏が当時住んでいた場所から近かったこともあってそんな風説が流れました。
さすがにこれを支持する証拠は聞いたことがありませんが、本人からすると勘弁してほしい心境だったでしょう。
最後にシャーロックホームズの有名な言葉を借りて締めておきます。
「明白な事実ほど、誤られやすいものはないよ。」