登録無形文化財『伝統的酒造り』の概要

酒は『古事記』などに登場し(注1),古くから日本に根差してきた食文化のひとつである。伝統的酒造りは,近代科学が成立・普及する以前から造り手の経験の蓄積によって築き上げられてきた手作業のわざを指す。明治以降,酒の生産では機械化及び大規模化が進行してきたものの,伝統的に培われてきた手作業による生産は今日まで受け継がれており,日本酒,焼酎,泡盛及びみりん等の酒造りに活かされてきた。
わざの歴史的な姿は,まず奈良時代の『播磨国風土記』におけるカビを用いて酒を醸したとの記述に登場する(注2)。室町時代には我が国特有のバラこうじを用いた製法が確立し,焼酎・泡盛などの蒸留酒も登場する。江戸時代になると冬季生産に特化した「寒造り」が定着するなど製法の洗練が進み,昭和中期には精米歩合の向上に対応した水分調整のわざが加わることで,日本酒等のさらなる発展が遂げられた。
わざの中心は,並行複発酵(注3)と呼ばれる発酵法を高度に調整することで目的とする酒質を作り出すことにあり,その実現のために行われる原料の前処理,こうじ造り,及びもろみ管理がわざの主要な内容となる。担い手は歴史的に培われてきたこの巧緻なわざを用いることによって,酒生産において味や香り等に関する多様な表現を行っている。
以上のように,伝統的酒造りのわざは,生活文化に係る歴史上の意義を有するものである。

(注1) 神話に登場する酒として,須佐之男命が八俣の大蛇を倒すために八塩折りの酒を造らせた,との記載がある。また,3世紀末~4世紀初め,応神天皇の時代に百済からの渡来人である須々許理が大御酒を醸して献上した,との記載もみられる(西宮一民(校注)『古事記』(新潮日本古典集成 27),新潮社,1979年)。
(注2) 「大神の御粮枯れて糆生ちき。即ち,酒を醸かましめて庭酒を 献まつりて宴しき」(沖森卓也・佐藤信・矢嶋泉(編著)『播磨国風土記』山川出版社,2005 年)とあり,これについて加藤百一は,大神に献げた供御
(おそらく今の 強 飯=蒸米)から生じた米こうじにより酒造りが行われたことの最初の記録である。
としている(加藤百一「日本の酒造りの歩み」加藤辨三郎(編)『日本の酒の歴史 -酒造りの歩みと研究-』(復刻版),研成社,1999 年)。
(注3) こうじの酵素で原料のデンプンを糖化しつつ,酵母によるアルコール発酵を並行して行う発酵様式のことであり,高濃度アルコール発酵に適した方法である。なお,ブドウに含まれる糖分がそのまま発酵されるワインは単発酵,麦芽を糖化して麦汁を造り,その後酵母を加えてアルコール発酵を行うビールは単行複発酵と呼ばれる。

            文化庁 令和3年10月15日 文化審議会答申より


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