臨床ファッシア瘀血学(3)なぜファッシア瘀血を考えるのか?
前回までの(1)と(2)では、以前書いた原稿に加筆したような感じの記事でしたので、ファッシアと臓器の連携や、ファッシアの系統的な考え、さらには三木成夫の解剖学との関連などを書いてきたので、ファッシアの基本的なことや、何故、ファッシアなのかというような根本的な問題を飛ばしていたので理解しにくい面もあったと思います。
今回は、そもそもの「ファッシア瘀血」とはどのような概念で、どうして思いついたのか、ということを書いてみたいと思います。
このきっかけとなったのは、やはり「刺絡」の臨床です。当院の刺絡治療は、学生の頃教えて頂いた漢方の大家、小川新先生が、日本瘀血学会の牽引役で、その臨床を見学させて頂いた折、漢方の瘀血治療に加え、刺絡をされていたことがきっかけです。
その後、東京女子医大での統合医療外来において、当時、大ブームだった安保理論による自律神経免疫学を基盤とした「刺絡」を、当時の講師だった班目健夫先生とともに担当させて頂いたのが、現在の形の大本となりました。当時、いわゆる安保ブームでしたので、班目先生の刺絡外来は予約待ちで一杯の状況で、その多くの初診を分担するというのが私の役割でした。
その後、現在の統合医療クリニックでの開業となり、当時の患者さんが継続して受診して頂いたため、クリニックでのメインの治療法の一つとなっていきました。
こうして女子医大時代から数えると15年以上、刺絡を続けている中で、具体的な技法は少しずつ変化し、現在の形式になっていきました。
小川先生による漢方の補完的な治療、班目先生による安保理論をベースとした自律神経と免疫の調整、刺絡学会における鍼灸の標準的な方法、工藤・浅見両先生の著作から学んだ方法、いろいろな考え方や方法論が混じったものが現在の基本です。
ただこうした方法論を駆使しても、なかなか改善しにくい病態や損傷というものはあるもので、そこへの改善策を抜本的に形成したという思いを常に持ってきました。こうしてできてきたのが「ファッシア瘀血」の概念です。近年のファッシア論の高まりにより、これまで理論的に解明できなかったことが、かなり見通せるようになってきたように思います。
まず、首や肩の凝りや痛みは、刺絡が劇的に効果を及ぼします。それに対して、臀部の深層の痛み、中殿筋や梨状筋付近の痛みは、深さがあるので刺絡とその後の吸角でも患部まで陰圧が届きません。それゆえ、十分に瘀血を除去することが出来ず、痛みの回復が不十分でした。
そうした時に知ったのが「エコー下ハイドロリリース」でした。これまでも、いわゆる筋膜リリースやトリガーポイントなどは知ってはいたのですが、刺絡の効果で十分でしたので、積極的には取り入れてはいませんでした。しかしこれはエコーにより幹部が描出され、ピンポイントに治療が可能であるというのが最大の魅力でした。
そしてここで描出されるのが、いわゆるファッシアの重積やひきつれというものです。おそらく機序からすると、グロブリンなどの粘着性の強い液体によりファッシアがへばりついてしまった、と考えられそうです。
では、そうしたグロブリンはどこから来たのか。どうしてファッシアがへばりついてしまうのだろうか。こうした疑問には、現在のファッシア関連の著作は言及していません。これこそが瘀血ではないだろうかと推測しています。
瘀血の病態は、様々な解釈が可能ですが、血液粘性の増大、動脈硬化の進行などに加え、毛細血管床において「三日月湖」状態の淀みが形成されてくることも大きく関与しています。上馬場先生らの研究結果から、細絡の瘀血の生化学分析によると、通常の血清と比べてグロブリンの含有量が多いことが分かっていますので、ここからの漏れ出しと考えることが妥当です。つまり瘀血の形成されているポイントにおいて、ファッシアのひきつれや重積が起こりやすいと考えられるわけです。
そしてこれは井穴刺絡の説明にも展開できます。経絡をファッシアの引張と考えると、その末端での「ピン留め」にあたるのが井穴となります。そこでの物理的なひきつれの元、もしくはそこから発生する炎症ないしは発痛物質の源と考えると、そこから延びる経絡に大きく影響を与えることが分かります。
当然、そこからわずかでもひきつれや発痛物質を除去することができれば、所属する経絡全体の症状改善につながります。これが井穴刺絡の本体と考えられるわけです。
ハイドロリリースの講習会などに参加すると、講師の先生方はそろって即時的な効果発現への驚きを語られます。これまでの整形外科的な治療法にないその即効性に、昂りながら強調されるのです。
これは通常の医師があまりそうした効果を信じないから、というのもあるでしょうが、刺絡療法をしている者からすると、刺絡による効果を初めて見たときの感想に極めて似ていると感じられました。つまり、同様の劇的な効果が認められるということになります。こうしたことからも、その機序における共通性というものが示唆されるのではないでしょうか。
そうした機序を想定できる根拠はいくつかあるのですが、その一つが、刺絡をしてからハイドロリリースをすると極めて効果が高いのに、ハイドロリリースしてから刺絡をするとそれほどでもないという臨床的な事実があります。
つまり局所において、発痛物質を除去してから、生理的食塩水で薄めて滑りを良くするとと高い効果を得られるのですが、反対だと、滑走を良くする水分が吸引されてしまうため、発痛物質の希薄化ができるものの、滑走が悪くなるため効果が極めて減弱するわけです。
今回は臨床的な話題を多く述べましたが、これらの経験がベースとなってファッシア重積に瘀血が関連する「ファッシア瘀血」により形成される病態がはっきりしてきました。これらはファッシアの性質上、単発の専門的な施術方法ではなく、複数の方法論の「交叉」から初めて見えてくる事象です。
こうした事柄への考察を、これからこの「臨床ファッシア瘀血学」では考えていこうと思います。
統合医療の考え方活かし方―新しい健康デザインの実践
小池 弘人 中央アート出版社 2011-07T