![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/118474298/rectangle_large_type_2_833ccb01843d4b9cb92fa87e01a82fa5.png?width=1200)
【chocoZAP】「3つのない」を価値にローエンド破壊を引き起こす戦略がすごい
はじめに
こんにちは。NEWhの小池です。あまりに久しぶりの記事になりました。僕は引き続きビジネスデザイナーとして大企業の新事業開発の支援をすることで企業変革を推進していくお手伝いをしています。
NEWhでは、複雑で不確実性の高い事業構想フェーズを効果的に前進させるために「コンセプト」「戦略」「収益」の3つの視点と20の要素で事業構想を緻密に評価・チェックできる独自フレームワーク「バリューデザインシンタックス(以下VDS)」を開発しプロジェクトで活用しています。
▼バリューデザインシンタックスの解説はこちらから
今回はVDSを活用して魅力的な事業を紹介しようと思います(たぶんシリーズになります)。世の中にある事業をVDSで要素分解し「リバース・エンジニアリング」することで大きく2点を考えていきます。
1つ目はその事業における「肝=最も重要なこと」です。僕が魅力を感じる事業は、産業の構造課題・業界の慣習・バイアスなどの「当たり前」を美しく破壊していることが多いです。その感覚はNEWhが支援する大企業のプロジェクトは新事業でも一定レベルの規模感を求められることが関係しているかもしれません。顧客視点でニッチな課題から事業を構想しても求める規模感とならず頓挫してしまうアイデアも少なくありません。そのためこの記事でも顧客の課題を解決するだけではなく、当たり前を破壊して構造的な競争優位性を構築しているレバレッジ要素を「肝=最も重要なこと」として考えていきたいと思います。
2つ目はその事業を我々が構想・実現するためのアプローチを考えることです。我々が新事業の担当者として紹介する事業を構想し実現していくための方法論を考えることで、自分自身と新事業に関わる方々の業務で活用できるように一般化していきたいと思います。
ちなみに、この記事はすべて基本的に取材などはせずに公開されている情報(IR資料・記事など)を参考として僕が妄想、思索した仮説です。そのため、事実とは異なる解釈がされている場合もあるかもしれません。ただ事業構想の「リバースエンジニアリング」において正しさはあまり重要ではありません。様々な情報からどのように思索し仮説をつくるのか、そのあたりを楽しんでもらえればうれしいです。
初回なので前置きが長くなりましたが、今回紹介したい事業は「chocoZAP」です。chocoZAPは結果にコミットするRIZAPが2022年7月にスタートした”「簡単」で「楽しく」「継続できる」環境と、RIZAPが開発したハードすぎない、誰でも簡単に取り組める「1日5分のちょいトレ・健康習慣プログラム」をご提供する”コンビニジムです。圧倒的に手軽さと積極的な出店により”スタートから1年で、全国で1,000店舗以上を展開し、会員数83万6000人以上(9月28日時点)と「国内フィットネスジムで会員数日本一を達成(8月15日時点、RIZAP調べ)」しています。最近の大企業の新事業における稀有な成功事例であると思います。
では「chocoZAP」をVDSで要素分解して「事業の肝」を考えていきましょう。
![](https://assets.st-note.com/img/1696898902134-ByXRoFVKh1.png?width=1200)
まずは事業構造です。抽象的な図解にすると一般的なフィットネスと変わらずシンプルな構造となっています。利用者は月額会費を支払うことで、chocoZAPが提供する運動のための環境(施設・アプリ)を利用できます。コストについてもは所有者に賃借料を支払い不動産を利用しています。ここまでは非常に一般的です。ただ、chocoZAPは中身がすごいんです。というわけで、ここからVDSで分解していきます。
![](https://assets.st-note.com/img/1696900108486-iLrJLnfO3t.png)
あえて結果にコミットしないchocoZAPの事業コンセプト
事業コンセプトは「誰の」「どの課題に」「どのような手法で」「どのような価値を提供しているか」という要素で分解していきます。
![](https://assets.st-note.com/img/1696900558867-QNAGcorCju.png)
chocoZAPにとっての顧客は、運動不足を感じており健康などの漠然とした不安があるにも関わらず運動のきっかけ、習慣がないすごく一般的な人々です。残念ながら?そこに僕も含まれています。実際に僕も漠然とした健康不安は感じていますが、従来のフィットネスジムでは月額料金と利用頻度を考慮したコスパの悪さ、ウエアや靴などの投資費用と継続の不安感などにハードルを感じて定期的な運動をはじめられていません。chocoZAPはそういったフィットネスジムの非利用者(無消費者)に着目し新しい市場を現在進行系で創造しています。
chocoZAPが提供している価値は「運動のきっかけづくりと習慣化」です。より具体的に書くならば、フィットネスジムの利用をあきらめた自分でもこれなら続けられるという感じてもらい、実際に店舗の利用を続けることで運動の習慣ができるということです。その価値を「簡単に始められて、究極に手軽に続けられるコンビニジム」という手段によって提供しています。語弊を恐れずに言えば、従来のRIZAPのように体重減などの結果にフルコミットするのではなく、あえて運動習慣をつくるためサービスに特化して提供しているということです。
ただ、こういった顧客セグメントや提供価値は特に新しさを感じません。フィットネス業界においては顧客を拡大するために常に意識してきたセグメントや提供価値であると感じます。例えば「Nupp1」というスタートアップが入会手続きや月額料金をなくし手軽にジム利用できる分単位の料金モデルを提供するというアプローチでがんばっていましたが、2,200億円以上と推計されるフィットネス産業にインパクトがある規模には達していません。従来型のフィットネスジムの他に存在感があるプレイヤーはCarves・anytimefitnessなどでそれぞれ2010年前後から事業を開始し80万人前後の会員数を有しています。それでも日本のフィットネス参加率は3.45%(2021年)と米国の19.6%(2019年)※1と比べて大きく劣っており新市場を開拓できているとは言えません。つまり、chocoZAPが進出しているフィットネス非利用者の市場は新市場創造の典型である「言うは易し行うは難しの市場」であると言えるでしょう。
※1 https://business.fitnessclub.jp/articles/-/28より引用
chocoZAPはたった1年で「国内フィットネスジムで会員数日本一を達成(8月15日時点、RIZAP調べ)」しています。なぜchocoZAPはこの市場で大きな成功を収めつつあるのでしょうか?その理由を戦略を分解することで明らかにしていきたいと思います。
「3つのない」を価値にローエンド破壊を引き起こす戦略
ここからchocoZAPの戦略を競争優位性(フックとロック)と実現する仕組み、そして持続戦略という要素に分解して考えていきます。
僕はchocoZAPのすごさは戦略に対する徹底的なコミットにあると考えています。選ばれる理由(フック)となる「自分でも続けられると感じる“はじめる/続けるにおける圧倒的な手軽さ”」と、選ばれ続ける理由(ロック)である「気軽に習慣化できるメソッドと利用頻度の向上」という戦略を実現するために、顧客を科学的な検証に基づき深く理解しその課題やニーズを徹底的に洞察したサービスを展開しています。例えば、アプリで完結する入会手続き、月額2,980円(税抜)という安価な月額料金、4,000種類以上のバナーを検証するマーケティングなど挙げればきりがないですが、僕が特に驚いた、そして事業の肝となっている2つの要素を紹介していこうと思います。
![](https://assets.st-note.com/img/1696906153552-BSip6IBjJJ.png?width=1200)
事業の肝1.「3つのない」が価値強化とコスト削減を両立させる
chocoZAPの店舗には、従来のフィットネスジムに当たり前に存在しているトレーナー・シャワールーム・上級者向けマシンの3つがありません。はじめは店舗運営のコストを下げるためかなと思いました。もちろんそれもあると思います。ただこのようにも考えられます。運動、もしくはフィットネスジムの初心者である顧客は、トレーナーや上級者がいることで対人的な緊張や劣等感を感じ店舗を利用しづらく感じるかもしれません。シャワールームがあることで運動後はシャワーで汗を流して着替えるべきであるという暗黙ルールを感じ、運動する面倒臭さを感じてしまうかもしれません。こういったフィットネスジムでは当たり前の3要素を物理的に排除することで「簡単に始められて、究極に気軽に運動を続けられる」という提供価値の強化とコストの削減を両立させている秀逸な戦略であると感じます。特にシャワールームをなくすという決断は顧客の深層心理レベルまで理解していなければできないと非常に感心しました。
事業の肝2.フットネスジムを超えた手段で利用頻度にコミットする
chocoZAPの店舗には、一般的なフィットネスジムには存在しないサービスが多数提供されています。例えばセルフエステ・セルフネイル・セルフ脱毛・ゴルフなどです。もちろん、2,980円/月(税別)に対するコスパを向上させていくために顧客ニーズが高く無人で提供可能な様々なサービスを導入しているのかもしれません。しかし、フィットネスジムを超えたサービス多様化の狙いそれだけではなく、運動以外のきっかけで店舗の利用頻度をあげることで、ついでに運動を促し習慣をつくるためであると僕は考えています。コンビニエンスストアが宅配便・公共料金の支払い・チケットなどサービスを多様化して利用頻度を向上し、ついで買いを促しているのと同じ狙いです。蛇足ですが、コンビニエンスストアは利便性を高めるとともにエリアによってはイートインスペースをつくることで滞在時間を伸ばし地域コミュニティの拠点になるような戦略をとっています。chocoZAPも今後の方向性として「地域コミュニティ」も検討しているかもしれませんね。どうなっていくのか楽しみです。
競合の1/2の月額料金で優位性を構築
最後に収益についてです。「3つのない」という戦略によって店舗の運営コストが削減され、競合のCarves(7,200円/月)、anytimefitness(恵比寿店8,500円/月)などに対して1/2以下の月会費を実現できており圧倒的な優位性が構築できています。先行投資により現状は営業赤字となっていますが2025年3月期で営業黒字化を見込んでおり、単店舗では現状でも黒字店舗も存在するそうです。
![](https://assets.st-note.com/img/1696910072147-qk4J3U8whK.png)
chocoZAPケースからの学び
chocoZAPは既存フィットネスジムの基本サービスをあえてなくしローエンドサービスを提供しています。それにより初心者の「心理的ハードル」「物理的ハードル」「金銭的ハードル」のすべてを解消しフィットネス市場に存在しない顧客を獲得・維持していくローエンド破壊の典型的なサービスであると言えます。chocoZAPは戦略に対する徹底的なコミットによって設計・運営されている点が強みです(これが大企業ではできるようでできないことが多い)。運動を習慣化するために、阻害する要因を顧客の深層心理レベルまで考え抜いて排除し、強化する要因を業界の枠を超えた新サービスを導入してつくるなど、業界の「当たり前」を破壊して、それが故に大きなハードルを乗り越えながらも顧客価値と戦略の両立にコミットする姿勢は大変学びになりました。そのくらいの覚悟と解像度がないと整合性の取れている普通の事業・サービスが構想されてしまうだろうな、それでは顧客は動かないだろうなと、自戒の念を強く持ちました。
コンセプトは発想できるが具体的な構想が難しい新事業「chocoZAP」
ここまではVDSによりchocoZAPを要素分解することで事業の肝を考えてました。ここからはchocoZAPを我々が構想・実現するためのアプローチを簡単に考えていきます。おそらく「簡単に始められて、究極に手軽に続けられるコンビニジム」というコンセプトをつくることは難しくないと思います。
例えば、想定される顧客セグメントの課題を満たしている別産業の事業、サービスをリサーチしてフィットネスジムと組み合わせながらコンセプトを強制発想するワークショップを実施したり、オズボーンのチェックリストやDXレンズ(デジタルサービスの価値を抽象化してアイデア発想のための視点としたNEWhの独自フレームワーク)を活用して既存フィットネスジムにおける争点を破壊してみたり、もしくはChatGPTに聞いてみてもいいかもしれません。それぐらいシンプルでわかりやすいコンセプトです。つまり、想定される顧客である運動不足を感じており健康などの漠然とした不安があるにも関わらず運動のきっかけ・習慣がないという一般的な人々に対して、その不安感を解消するために圧倒的に利便性が高いコンビニジムをつくろう、というコンセプトを考えることは誰にでもできるということです。よく事業開発の界隈ではアイデアには価値はないと言いますがまさにその通りだと思います。
![](https://assets.st-note.com/img/1696926459948-Hxpu8278dG.png?width=1200)
ただし、コンセプトを実現するための具体的な方法を組み立て(=構想する)、実現するための難易度は非常に高いと思います。圧倒的に利便性が高いフィットネスジムという抽象的レベルではなく、
・コンセプトは具体的にどのようなサービス、機能で実現できるのか?
・そのサービス、機能によって本当に無消費の顧客は動くのか?
・顧客の価値と事業の戦略、競争優位性は両立できるのか?
などを顧客・産業・競合を深く、本当に深く理解しマクロとミクロの視点を往来させながら仮説検証し高度に整合性がとれた事業構想をつくりあげていかなければなりません。もう長くなってしまったのでそのあたりの方法論は別の機会に解説したいと思いますが、VDSで書くことはこういった複雑な事業構想にかなり役立つと思います。
というわけで、今回は長々と「chocoZAP」について妄想しながら考えてみました。少しでもみなさんの感性を刺激できて業務のお役に立てればうれしいです。ではまた機会に再会しましょうw