社会と会社って何だろう、から考える「社」のストーリーと新事業のはじまり【INSP.01】
newh inspirationとは
日々の仕事や生活で考えたこと、気づいたこと、みなさんに聞いてみたいこと、などを気軽に書ける「newh inspiration (ニューインスピレーション)」というシリーズをつくりました。本当に小さいことにもスポットを当てたいので、タイトルも小文字に。いろいろ書きたいことがでてきそうですがストレスなく不定期更新でゆるりとやっていきたいと思います。
木を見て森を見ずの新事業
では、第1回をはじめます。新事業開発の界隈では「まずは顧客視点で考える」という常識があります。ある意味では正しいのですが、盲従していきなり顧客を見ても何もわからないか、わかっていることがわかった、めちゃくちゃニッチなことがわかったという結果になることがほとんど。デザインリサーチ手法を学んで、なんならデザインコンサルにも伴走してもらっているのになぜだろう、みたいなことを感じたことはありませんか?
ほとんどのケースは「会社」しか知らずに新事業を検討していることに原因があると思います。つまり「社会」を知らずに顧客を見ている、まさに木を見て森を見ずな状態です。顧客(=木)だけでは発言や行動の本質的な意味は理解できません。なぜなら世の中がどういう方向性に動いているのか、価値観はどのように変化しているのか、などマクロ的な知識(=森)を得ることではじめて本質的な意味を理解するための視点がつくられるからです。この視点がないと新事業につながる大きな発見をするのは難しいです。
これは批判とかではなく、いろいろなプロジェクトを支援して感じていることですが、特に事業会社の方は自社の内部(事業・顧客・人間関係など)については非常に詳しいです。けれど、その外側で何が起きているのか?、さらには自社が参入している市場の未来はどうなるのか?を真剣に考えている人は本当に少ないと感じます。僕もアサヒビールで働いていましたが、そんなことを考えることなく日々の仕事をしていたし、一定レベルの成果もあげられていました。新事業担当についても同じです。わかりやすくて大きな課題がたくさんあって、それを自社のアセットを活用しながら解決する事業・プロダクトを考えればよかった。つまり、自分の業務遂行のためには、内部視点のみで十分。社会や未来など外部視点で考える必要がなかったということです。でも不確実が高い時代となった今は、、、という話はいろいろなところで語られているのでこの記事で書きません。それよりも、こんなにも社会視点の語られているにも関わらず、そして新事業がうまくいっていないにも関わらず、何も考えずに顧客視点だけで考えてしまうのは構造的な理由があるのでは?ということを立ち止まって考えようというのがこの記事の趣旨です(つまり、新事業の業務には役立たないかもしれませんし、役立つかもしれません)。前置きが長くなりました。
社会=会社という認識
そんなことを考えながら、手がかりを得ようと「社会」と「会社」の関係性について調べてみました。まず出会ったのが日本経済新聞の記事です。以下、引用します。
なんと明治時代には「社会」と「会社」は同義だったらしい(有名な話ですかね?)。驚きましたが感覚的には理解できます。例えば大学を卒業して「社会に出る」とよくいいますが、僕は「会社に就職する」という意味と同義で使用していました。社会人=会社に勤めている人という意味で使われることも未だに多いと思います。まさに社会=会社の感覚ですね。僕はいろいろな会社にお世話になった経験から会社=社会という感覚は無意識に消失しています。しかし、大企業で安定的に働いている方々はこの感覚が無意識に残っているのかもしれません。そして新事業開発でもこの感覚から、会社を知っている=社会で知っているつもりになって「まずは顧客視点で、、、」という常識につながっているのかなと思いました。しかも企業内で成功してきた経営層・マネジメント層ほどその傾向が強いためその「常識」が見直されることも少ない。そんなことはないかな、、、どうかな。。。というわけで、別の考察もしてみます。
「社」とは土地のつながりである
うーーん。呆然としながらも、改めて「社会」と「会社」という言葉を眺めてみます。みなさんもはじめから気づいていたと思いますが、「社会」と「会社」は2つの文字の順序を入れ替えた言葉です。「会」は、出会う・集まるという意味でしょう。では「社(シャ・やしろ)」はどういった意味になるのでしょうか。前の引用記事でも”会社も社会も「(同じ目的を持つ人々による)結合の一般概念」で、その起源は中国の「社」に遡ります。”とあります。もっと深く理解する鍵は「社(シャ・やしろ)」という言葉にありそうです。
デジタル大辞泉によると「社(シャ・やしろ)」の第一義は土地の神ということ。例としてある「社祠しゃし・社稷しゃしょく」についても深く知りたい、って調べていたらすばらしい記事に出会いました。感謝。「WORKSIGHT」というメディアで、民俗学者・畑中章宏さん、WORKSIGHT編集部・山下正太郎さん(コクヨ ヨコク研究所所長)と若林恵さん(黒鳥社・編集者)が会社の謎に迫ろうとするシリーズです。この記事で引用させていただく以外もおもしろい論考が多数なのでぜひ読んでみてください。
この記事では畑中さんが「社」の概念をエドゥアール・シャヴァンヌの本から次のように説明しています。”土地神を祀る祭壇のことであり、さらには氏族や血縁ではない、土地を中心として結びついている人びとのことを表していた” なるほど、社会と会社に共通するのは土地を中心とした結びつきなんだと個人的な経験からもしっくりきました。僕にとっては、社会って住んでいる場所・地域だったり、そこに暮らす人々だったり、会社って上司や同僚とオフィスなどで多くの場所と時間ともにしていたり、非常にリアリティがある関係性だったなって思いました。つまり、社会・会社は、わかりやすくてすぐ近くにある具体から想起される概念でした。土地とそこで過ごす時間には求心力があり、非常に強い結びつきになっていたように感じます。
新事業開発においても、そういった時代には社会・会社について意識して考えなくても具体的にわかっているので、顧客からはじめようってなるのかなと思いました。こちらのほうが、前半の考察よりもいい説かも。(ちなみに土地と結びつかない「社会」は、抽象的で概念的で遠くにあって関係のない、リアルには存在しないもの、でしょうかね)
いわんや社会をや
すごく納得したと同時に、やはり現在との大きなギャップを感じてしまいます。今は「土地」ではなくなっているな、と。語弊を恐れずにいえば、デジタル時代が到来したことにより、僕らにとっての「土地」は「プラットフォーム」に、「土地神」というつながりのハブは「やりたいこと*1」に変わりました。従来の土地を中心としたつながり(地域社会、会社)は求心力を失い、それを代替する新しい社会が次々と誕生しています。生活者が属する社会・会社は土地から解放されたことで多様化し無限に拡がりはじめています。キーワードは遠心力、分散化、匿名化、ニッチ化、、、などいろいろ。僕はWEB3にどっぷり浸かっていますが、国・時間・性別・年齢は関係ない新たなアイデンティティによって社会に参加しています。参加していない人には何やらわからない集団でしょう。土地と時間から解放されさまざまな社会を行き来する人々、まさに個人ではなく分人ですね。家族ですらその僕の一側面について理解していないと思います。
また、リアルな社会では、最小単位である家族とのつながりが強くなる一方、土地の求心力で維持されていた地域社会・会社はどんどん空洞化していくように感じます。特に目的意識がない団体の継続は難しくなると思います。もちろんリアルなつながりがいい、という人々もいます。ただ、それは単純に土地でつながる従来の社会・会社とは異なるカタチを求めているかもしれません。また、NEWhはリモートワーク中心の働き方をする社員が多くいる会社です。オフィスで働いていたときよりも、同僚がいまどういったことに興味があり、どんな推しがいるのか、リアリティ、手触りがなくなっています(もちろんある程度は知っていますので、安心してください)。
僕と一緒に暮らしている家族、働いている同僚でも具体的な感覚がなくなっているのです。いわんや社会をや、未来をや、です。そうです。めちゃめちゃ「わかりにくい時代」が到来しています。知ったつもりでいるのはもう限界です。
*1「やりたいこと」とは、個人の興味・関心・目標、企業のMVVという意味ですが、いい言葉が考えられませんでした。ハブは「アルゴリズム」であると言う方もいるかもしれません。
新事業はマクロからはじめる
ここまで「社会」と「会社」の関係性について歴史的背景を掘り下げ、これらの概念がどのように進化してきたかを考えてみました。長々と書いてきましたが、新しい時代の到来に伴い、新事業開発のアプローチにおいても進化が必要であるということを改めて感じました。僕も自分の常識を破壊して社会という概念を捉え直し、時代にフィットしたプロセスを考えてみます。
現状、社会、未来に対する基本的な知識・視点がないままに進んでいく新事業開発プロジェクトが非常に多いように感じています。そして、僕は勝手に行く末を憂いています。当然プロジェクトには期限があるので致し方ないこともあるのは理解しています。ただ、デジタル化とそれに起因したグローバル化が進む不確実性が高い時代に、社会・未来を見据えた新事業が企業の成長と持続可能性にとって重要であることは間違いありません。願わくは新事業開発において、従来の「顧客視点」から一歩踏み出し「社会視点」を考えてみてほしい。可能であれば、日常的に、少なくともプロジェクト初期に「社会とその未来」というマクロ視点を意識してほしい。その結果、顧客の見るための視点がつくられ、よりよい事業が創出されるたくさんのヒントが得られると思います。そして新しい可能性を発見し、未来において大きな果実を得られると僕は信じています。
最後に、ちょっと蛇足的ですが「社会と未来」を考える手法について簡単に紹介します。いずれの手法も未来の可能性を考えていくことを目的にしています。社会を考えるときは、少し先の未来も議論してみるのが◎です。
1.トランジションデザイン
トランジションデザインは、地球規模の問題に対し社会の価値観を移行するデザインの新しい実践・研究で、2012年にカーネギーメロン大学のテリーアーウィン教授により提唱されました。このアプローチは、気候変動や資源枯渇など複雑な社会課題に対処し持続可能な社会への遷移を促進することを目指しています。
新事業で扱う課題はどんどん複雑化しています。トランジションデザインもハードルが高く感じるかもしれません。けれど、あまり難しく考える必要はありません。プロジェクトで使えそうなプロセスを導入してみればいいだけです。例えば、チームでリサーチした社会課題・技術革新・価値観・法規制などの要素を、MLP(Multi-Level Perspective、ワークブック20〜22ページで解説)のランドスケープ(大きな社会背景)・レジーム(各種インフラ)・ニッチ(小さな表層的な変化)という3つの階層に構造化した上でチームで議論してみる。すると一見わからなかったつながりが可視化されて新しい可能性に気づくことがあります。
2.シナリオプランニング
シナリオプランニングは、未来の異なる可能性を探る戦略的な方法です。このプロセスでは、組織は未来の不確実性を評価し、それに対する準備を行います。シナリオプランニングは、将来に起こり得る異なるシナリオを作成し、それぞれのシナリオが組織にどのように影響を与えるかを評価することで、戦略的な意思決定をサポートします。未来予測ではなく未来の可能性を理解し、それに適応することで組織が競争力を保持し、成功を追求するのに役立ちます。
↓NEWh立ち上げ前の拙著ですが。。。※無料会員登録必要です
こちらも、すべて取り入れる必要はなくできそうなところだけでいいと思います。ポイントはやはり構造化です。社会や価値観などの大きな変化がどのようなつながり新しい顧客や事業の変化につながっているのかを構造的に把握することで新しい可能性を検討していきます。
実際にトランジションデザイン、シナリオプランニングをやろうとするとかなり大変です。繰り返しになりますが、取り入れられるエッセンスだけをプロジェクトで活用していくというスタンスでいることがチャレンジのハードルを下げるという観点でも大事です。また、NEWhではもっと軽やかに社会について理解する「ソーシャルスキャニング」という手法も準備していますので、興味があればお問い合わせください。
さて、newh inspirationの第一回はいかがでしたか?こんな感じで、日々の業務で感じたこと、気づきなどを気軽に書いていきたいと思います。新事業開発に役立つか役立たないかギリギリのラインを記事にしていこうと狙っています。すぐに使えるノウハウではないですが、温かい気持ちで楽しんでいただければうれしいです。ではまた。
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