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yossytech123
いつもと違う味 [ショートショート]
エスプレッソマシンがオーバーヒートしたのは、ランチタイムのピークを迎えたちょうどその時だった。蒸気が噴き出し、カウンターの奥で鳴る警告音が私の耳を刺した。私は慌ててスイッチを切り、同僚の美咲と顔を見合わせた。
「今日に限って……」美咲がため息をつく。
私たちのカフェは小さいが、こだわりの豆と高級なエスプレッソマシンで評判を得ていた。マシンが動かなくなれば、売りのカフェラテやアメリカーノは出せない。私はオーナーに連絡を入れつつ、マシンの蓋を開けて中を覗き込んだ。
蒸気が収まり、熱気がじわりと肌をなでる。焦げたような匂いが漂い、これは素人の手には負えないと悟った。
「とりあえず、ドリップに切り替えよう」私はそう提案した。
店の奥には、試しに仕入れた高級なシングルオリジンの豆があった。本来ならエスプレッソ用ではなく、丁寧にハンドドリップで淹れるべきものだ。しかし、今はこれしかない。美咲が不安げに私を見たが、私は頷いて手を動かした。
極細挽きの豆をペーパーフィルターにセットし、細く湯を注ぐ。蒸らしの時間を取ると、ふわりと甘い香りが広がった。普段よりもずっと手間はかかるが、丁寧に淹れたコーヒーは、エスプレッソとは違った魅力を持っている。
最初のお客さんにカップを差し出すと、彼は一口飲んで目を見開いた。
「いつもと違う味ですね。でも、すごく美味しい。」