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なるほどの犯人 [ショートショート]

駅前の喫茶店で、私はカフェラテを片手に同僚の山本と向かい合っていた。山本が語るのは、例の会議での件だ。彼の話す内容に興味があったわけではない。ただ、適度に相槌を打ちつつ、時間が過ぎるのを待っていただけだった。

「だから、結局さ、あの提案が通らなかったのは君島さんが空気を読まなかったからなんだよね」と山本が言った。
「なるほど」と私は返す。実際、なるほどと思ったわけではない。ただ、彼が求める反応を返しただけだった。

山本の話は続く。「ああいう場では、みんなの意見に合わせるのが大事だと思うんだよ。僕らの会社ってそういう文化じゃん?」
「そうだね」と、また返事をする。私は彼の顔を見つめながら、この会話の本質をぼんやりと考えた。どうして私たちはこんなに「なるほど」を繰り返すのだろう?この同調の圧力を作り出している犯人は誰なのか。

ふと、店内の壁の時計に目を移す。時計の針は正確に動いているが、それを見つめる客は誰もいない。誰も気にせず、ただそこにあるだけだ。その姿が私には、自分たちの「空気」に似ているように思えた。何も言わず、ただ存在するだけで、そこに意味を持たせるのは他人だ。

「ところでさ」と、唐突に山本が話題を変える。「君、最近どうなの?調子は?」
「まあ、ぼちぼちだよ」と私は答える。これもまた、彼が求めている無害な答えだ。私たちの会話はいつもこうだ。誰も不快にならず、誰も深く追及しない。

会計を済ませて店を出たあと、少し歩いてから私は自分のつぶやきに気づいた。「なるほどの犯人って、結局みんななんだろうな」
その言葉は風に流され、誰にも届かなかった。

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