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一駅分の距離 [ショートショート]
夕方、ホームの端で電車を待ちながら、私はリュックサックの肩紐を掴んでいた。中には仕事帰りに買った睡眠導入剤の箱が収まっている。それが入っているだけで、リュックが少し重く感じた。
電車がホームに滑り込み、乗り込む。車内は適度に空いていたが、座る気にはなれなかった。一駅分だけだし、と自分に言い聞かせ、リュックを前に抱えて吊革に掴まる。薬の箱が体に当たる感触が妙に気になり、少し位置を直した。
窓の外に広がる景色は、会社と家を繋ぐ何百回も見た光景だ。駅から駅へと進むその間、私の頭は自動的に明日の予定を組み立て始める。しかし、それらが頭の中で崩れ落ちるような感覚がある。今日は少し違う。薬の効き目を試す夜が、初めて訪れる。
「次は○○、○○」というアナウンスが流れた。一駅分はあっという間だ。リュックを抱え直し、車内の扉に近づく。扉のガラスに映った自分の顔が、疲れ切った目をしているのに気づく。あの箱が効いてくれるのなら、この顔も少しは変わるのだろうか。
扉が開く。駅のホームに降り立ち、歩き出す。帰り道、私はリュックの中の箱の存在を確かめるように、肩紐を少し強く握った。