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『エッセイ』谷川俊太郎の詩は曲がついてもやっぱり谷川俊太郎だった
毎週水曜日はエッセイもしくは雑文の日。今日は昨日のこちらの詩に引き続いて谷川俊太郎さんの詩についてです。
昨日は雲ひとつない快晴だったけれど、今日は打って変わって一日中曇り空。気温も低く、雪こそ降っていないけれど、いかにも冬の気配、といった感じの日になった。なかなか気分が晴れないのは気候のせいばかりではなく、10月からこちら、著名人の訃報が続くからだろう。もちろん、直接関わりがあったわけではないが、挙げてみただけでも、
・10月14日 中川季枝子さん 「ぐりとぐら」の作者
・10月17日 西田敏行さん
・10月28日 楳図かずおさん
・11月1日 上村淳之さん 日本画家、上村松園のお孫さん
そして13日谷川俊太郎さんと、14日は火野正平さんだ。
毎年12月には新聞やネットニュースなどで「今年亡くなった人」というのが出るけれど、こう続くとちょっと落ち着かない。
火野正平さんは若い頃は結構やんちゃな印象だったけれど、某国営放送の自転車旅に出るようになって、イメージが随分と変わった。もっとも本人はもとから人当たりのいい、優しい方だったのかもしれないが、テレビの影響は大きいものだ。あの自転車旅の番組で僕が昔住んでいた地を訪れてくれたときは、それこそ食い入るように見たものだった。何にせよ、75歳は若すぎる。
*
思い出して古いレコードを探してみたら、やはり残っていた。昨日もちょっと触れたけれど、小室等さんの、『いま生きているということ』というこちらのアルバム。
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タイトル曲がそうだというのは覚えていたのだが、ひっくり返してみて、すべての曲が谷川俊太郎さんの作詞だったということを改めて知った。だけでなく、当時は<投げ込み>とも言われた歌詞カードの反対面で、同じテーマで小室さんと谷川さんが互いに言葉を綴っている。例えばこんな具合。
⚫︎欲望
山本安英・言葉の大勉強会という催し物で、ぼくと谷川さんが舞台に乗り、客席からお題をもらって、ぼく達が即興で歌を作るコーナーがあった、客席からの娼婦という声に、「弱ったな、ぼく経験がないんだよ、小室君ある?」と谷川さんがあっけらかんとぼくに聞き、ぼくは答えに詰ってしまった。今だったら答えられるのに。
(小室等)
無欲になりたいって欲望があるうちは、ほんとに無欲じゃないんだね。まぁ、何に対する欲望かってことが問題だなぁ。蝶々はおしっこするんだろうか、するとしたらその現場を見てみたいなんて欲望は罪がないけど、いまみんなの抱いてる欲望は、管理され、方向づけられたものが多いな。自分のほんとの欲望をみつけたい欲望はぼくにもある。欲望を上手に制御したい欲望があると同時に、おさえることのできない烈しい欲望をもちたい欲望もある。自分をよく思いたいという欲望ほど根絶しがたい欲望はないって言った英国人がいたけど、結局欲望ってのは、それが何に対する欲望であれ、生きる理由を形成するものなんだな。ぼくらはみな、「欲望という名の電車」に乗りあわせてる。GOOD GRIEF!
(谷川俊太郎)
⚫︎星座・生年月日
1943年11月23日生。射手座。
この項目はぼくが主張した。谷川さんはぼくより一廻り上の未年である。未年の人間には、ある共通したいくつかの性格があると信じているのだが、谷川さんの中に自分と異る部分を見つけると、いつか自分もそうなれるのか、あるいは未年であることに何の意味などありはしないのかと思ったり、とても面白いのである。
(小室等)
1931年12月15日生れの射手座。ベートーベンは射手座なんだ。フランク・シナトラもそうだよ。ポール・クレーも、ウィリアム・ブレークも、ジェームス・サーバーも、布施明もそうなのさ。
(谷川俊太郎)
こんなふうに、全部で25のテーマについて互いに言葉を寄せている。互いの言葉が関連がありそうで全くなさそうで、でも付かず離れず、微妙なところを突いているのが何とも言えず面白い。でもアルバムを買った当時はそこにはあんまり興味はなく、そもそも小室等さん自体、特にファンというわけでもなかった。ラジオか何かでタイトル曲を聴いて、いいな、とおもって買ってみただけのことだ。だから、改めて詩を読んでみると、よくこの詩に曲をつけたな、と驚かされる。例えば(例えばばかりで申し訳ないけれど)、「立ちばなし」という歌の始まりはこうだ。
やあどうしてる
どうってことないよ
なにしてる
べつになにも
(略)
それでも互いの相乗効果というか、もっと言えば小室さんの声があってこそ、谷川さんの詩も新たな魅力を得たのだと、そんな感じがするアルバムだ。
谷川俊太郎さんの詩は、もちろんそれだけで何にも依らない、ひとつで優れた作品だけれど、曲が付いたり絵が付いたり、それによってまた違った印象を醸し出す、そんな不思議な力がある。NHK合唱音楽コンクール(こちらではそう書かないと意味がないのでNHKと書いてしまうのだ)の課題曲だった「青空のすみっこ」という詩もまさにそうだった。
青空のすみっこで
ひとひらの雲が湧いた
とどきそうで とどかない
青空のすみっこに
ひとひらの雲が消えた
というのがその詩の一番。ちょっとアンニュイな香りもある曲が詩によく合っていたけれど、当時は意味がよくわからず、コーラス部の仲間どうしで、青空のすみっこってどのあたりだろうね、などと言い合っていた。もちろん、誰が書いた詩か、なんてことには一切関心がなかった。にもかかわらず、その後すぐ『二十億光年の孤独』を別の友人と読み合って、やっぱり谷川俊太郎はすごいね、なんて言ってたのだから何をか言わんやだ。
曲がついても、谷川さんの詩はやっぱり歌詞ではなく、詩だとおもう。それを生かし切った小室等さんや「青空のすみっこ」の作曲者も相当にすごい。新聞の訃報記事を読みながら、改めてそんなふうにおもった一日だった。
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