普通とは 『ある男』を読んで
普通が良いという人がいる。
普通が嫌と言う人もいる。
そもそも普通普通と言うけれど、普通とは、なんなんだろう。
普通とは
[名・形動]特に変わっていないこと。ごくありふれたものであること。それがあたりまえであること。また、そのさま。「今回は普通以上の出来だ」「普通の勤め人」「朝は六時に起きるのが普通だ」「目つきが普通でない」
[副]
1 たいてい。通常。一般に。「普通七月には梅雨が上がる」
2 (「に」を伴って)俗に、とても。「普通においしい」
出典:デジタル大辞泉(小学館)
辞書に書いてある。
『ある男』を読んで、普通とは何かを考えるきっかけになった
先日、平野啓一郎さん著書の『ある男』を読み終えて、読み終えたその日に、『ある男』の読書会に参加した。
読書会の参加者から、いろんな感想や意見を聞いた。
▲読書会の様子や内容はこちら
皆、作者の考えや想いをどう汲み取ったか、物語の登場人物への共感したエピソードや印象に残った部分を詳細に語り、ひとつひとつ聞いていて興味深かった。
参加した女性のひとりが、登場人物の女性(里枝)にじぶんを投影させて感想を語ってくれた。里枝の過去の出来事とじぶんと少し似ている境遇があって「気持ちが良くわかる」と言っていた。
ぼくには、存在しない経験だったから、彼女の言う感想には、感覚としてピンとこなくて、想像するばかりだった。
彼女にとっては、もしかしたら、感想の中で言われた出来事が今は過去であり、普通になっているのかなと思った。
普通じゃない体験とは
『ある男』を読んで、物語の渦中の存在となる男やその男に巻き込まれていく登場人物たちに、時に共感して、時にじぶんの中で投影させて、見えてくるものはなんだろう。
登場人物の彼らは、読者のぼくらから見たら、普通じゃない人生を歩んでいる。
過去も現在も。
物語の渦中の人物は、普通じゃない過去の人生を歩んでいて、普通の人間としての憧れを持っている。
読者であるぼくらが常日頃感じているものは、大概が日常そのものである。
身の周りに起きる出来事は、ぼくらの価値観、もっと言えば生きてきた過去に基づいて形成された思考や感覚によって、当たり前と思うか、そうでないと思うかを自然に考える。
考えも、匂いも、味も、好き嫌いも、暑さ寒さも、違和感も、ありとあらゆるものが、その人にとっての、普通かそうでないかになる。
過去から現在までのその人の体験の蓄積によって、日常的か非日常的になる。
でも、そう感じていない人もいるんだろうと思う。
ある人の過去によっては、毎日過ごして、当たり前のように頭と体に入ってくるものが、あわない、つらい、違和感、普通じゃないと感じているのではないだろうか。
彼らにとっては、日常なのに、普通とは思えない、生きづらさがあるんだと思う。
行ったことのない国に行った時に、最初に感じる違和感の大半は、「未知に対する好奇心と不安」だと思う。
だから、しばらくは、じぶんの存在や居場所が訪れた国にはないような気持ちになる。これが非日常であり、普通ではないという感覚に近いのだと思う。
何年もその国の住民となって、その国の生活習慣に慣れれば、普通となり、日常になる人もいるかもしれない。
でも、そうならない人もいる。未だに慣れない人もいる。
普通ではないとは
『ある男』の登場人物の中に、ぼくは、気になって憧れた人物が3人いる。
城戸という男。
美涼という女。
そして、ある男。
勝手に彼らに共感し、応援したいと思った。なかには投影して、じぶんごとのように考えてしまった人物もいた。特に城戸は、共感し投影してしまった。
彼の日常は、一見世間から見たら、普通に見える存在であり、人によっては少し羨ましいと思う存在でもある。
でも、彼にとっては、ある時からじぶんの存在や生活が普通ではなくなっていたのだ。
普通でないことがどういうことなのか?
それは、すなわち、家族や社会の中での生きづらさであり、じぶんという存在の不安、居場所が消えかけている、見えづらくなっていて、苦悩する。
そして、別の人間の人生に惹かれ、時に共感、時に投影する。
あの人みたいになりたい。
あの人のような人生を歩んでみたい。
憧れ。
それは、そう思う人にとっての普通じゃない人物、人生と捉えるかもしれない。でも、それが周りから見たら普通の人生にも見えるかもしれない。頑張れば手に入る人生かもしれない。
普通をバカにしてはいけない
『ある男』に登場してくる、じぶんが気に入っている人物の人生を共感投影することで、思ったことがある。
今ぼくが思っている普通を、バカにしちゃいけないんではないだろうか。
ないがしろにしてはいけないんではないだろうか。
普通であることに飽きている、だから普通じゃない生き方に憧れる。じぶんができない事、変わったことをしてる人に興味を惹かれる。
一方で、普通じゃないことよりも、周りが普通と思う人生を思いっきり、たのしむ人生もあるんじゃないだろうかと思った。
もしかしたら、普遍的なものかもしれない。
それは、周りがなんと言おうと、オンリーワンな普通なのだと思う。
他人には手に入らない普通。
すなわち人生だと思う。
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読んでくれてありがとうございます。
読書を通して、得られる追体験、オススメです。今回、『ある男』に出会えてよかったです。
普通について、『ある男』の読書会で、編集者の佐渡島庸平さんが触れております。
そちらも興味ある方は、レポートもご覧になってみてください。
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