『メイ・ディセンバー(原題)』不安になって思わず笑ってしまう不気味さ
『May December』(2023年)★★★☆。
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開始10分。「ホットドッグの数が足りなくなるわ」というひと言に合わせて流すには、ずいぶんと過剰で昼ドラ調な音楽キュー。これが、この映画の不気味さと滑稽さを体現する。1971年のジョセフ・ロージー監督作『恋(The Go-Between)』のテーマ曲を拝借しているらしい。
奇妙なことに、この絵と音のミスマッチな波長が終盤までの展開でピッタリとハマっていく。
2015年、ジョージア州サヴァンナ。田舎のブティック・ホテルにチェックインするサングラスの女性(ナタリー・ポートマン)。女優らしい。名実ともに大女優かというと、実情はあとからわかってくる。そんな彼女が車で向かう先は、湖畔の一軒家でホームパーティを開く一家。準備を切り盛りしている母親(ジュリアン・ムーア)は、女優をイヤイヤ歓迎する。どうやら、この一家を題材にした映画が企画されていて、母親役を演じるために、女優は取材訪問にきていることがわかる。この一家、ゴシップ記事で一時全米を騒がせたらしい。その証拠に、家宛てに嫌がらせの郵便物が定期的に届くほど。その事情はと言うと。。。
こうしてシーンをひとつひとつ重ねるごとに、この奇妙な人々の事情が少しずつ判明していく。そんな個々の事実が、恐ろしいというか、醜い。
物語は、1990年代に物議を醸した実際の事件から着想を得て、『キャロル』『アイム・ノット・ゼア』のトッド・ヘインズが監督している。関心があれば、事件の概要をあらかじめ確認しておくのが良いだろう。
外面と本音。世間体と幸福。探究心と野次馬根性。そして個々のアジェンダの醜さと純粋さ。裏表の軸にしっかりと火を通すように、キャラクターたちの新しい一面が明らかになる。その度ごとに、呆気に取られる。
絵作りは穏やかだが、鏡を巧みに利用したフレーミングや、鏡自体に向かって演者が語りかけるショットが象徴的で、手も込んでいる。どう撮影しているのか不思議に思えるだけでなく、演者たちに忍耐を求めるセットアップで、酷だ。そこへきてナタリー・ポートマンの独白の強烈さ、ジュリアン・ムーアの内面を読めきれない笑顔、そして巨躯を丸めて、精神的な弱さを体いっぱいで表現するチャールズ・メルトンが印象的。名演のショーケースだ。
終盤では、人の現実を作品で再現しようという行為の浅はかさを突きつけられる。これを見ている行為そのものについてさえ考えさせられてしまうとは、思いもしなかった。不安な笑いでいろいろとごまかしたくなる、強烈な一本。
(鑑賞日:2023年12月10日 @Netflix)