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『そもそも心理支援は、精神科治療とどう違うのか 対話が拓く心理職の豊かな専門性』を読んでみました。

『そもそも心理支援は、精神科治療とどう違うのか 対話が拓く心理職の豊かな専門性』を読んでみました。以下、感想を書いてみます。良かったらお読みください。
 
SNSでよく紹介されていたので、購入して読んでみました。
 


*今回読んだ本*
『そもそも心理支援は、精神科治療とどう違うのか 
 対話が拓く心理職の豊かな専門性』
 編著者 下山晴彦
 遠見書房
 2024年5月19日 第一刷
 
 

対談集って面白い


タイトルが長いので勝手に「そもそも本」と略称をつけてみました。「そもそも本」は、コンパクトでかつ対談集なので、通勤時やふとした空き時間に少しずつ読み進めるにも良い本だと思います。
 
「そもそも本」は対談集ならではの臨場感を受け取る一冊です。対談相手の声かけに触発されて、その人が今思っていることがストレートに力強く語られている箇所がいくつもあり、興味深かったです。客観的事実だけでなく、語り手が大事にしていることや憂いていることが、感情と意志を含んだ言葉として読み手に伝わってくるところが面白いです。これこそが、この対談集「そもそも本」の良さだろうと思います。
 
私自身、自分の心理臨床を振り返りながら、読み進めるページが多々ありました。おそらく心理臨床を実践している多くの人が、同じように自分の臨床と照らし合わせながら読み進めるのではないかと想像します。それは決して悪いことではなくて、むしろこの本の長所であると考えます。
 
イメージとしては、対談の中に自分も仲間入りして、あれこれと自分や自分の身近なフィールドでの心理臨床や精神医療について振り返ることができるのです。平たく言えば、ツッコミを入れつつ読み進めるのがよい気がしました。
 
対談されている方々は、著名で切れ味の良い議論を展開する先生方ばかりです。実際に対談の場にいたら、臆病者の私は先生方の言葉をそのまま吸収してしまったり、違う意見を持ったとしてもヘラヘラと頷いたりしそうです。
 
でもこれは本、書籍、実際対面しているわけではありません(笑)。なので、「確かに、確かに」とか「これは言い過ぎじゃない?」とか「できてないと書いてあるけど実践できてる人結構いるよ」とか、ツッコミながら議論に参加する自由と気楽さがあります。
 
私は単科精神科病院での臨床が長く、その後心療内科クリニックに勤務し、現在は開業心理室で働いています。その経験に照らし合わせると、論者とは違う意見やアプローチもあると感じたり、よくぞ言葉にして下さいましたと深く納得したりしながら読みました。
 
今回は、二つの章を取り上げて、感想を書いてみることにします。
 

第7章「診断から対話へ」 石原孝二 下山晴彦 P67-77
 


石原孝二氏と下山晴彦氏の対談の中では、精神科診断に代わるアプローチとして英国で誕生した「PTMF:Power(パワー),Threat(脅威),Mearning(意味),Framework(フレームワーク)」の紹介がされていました。その中で、パワーの多義性についての対話が非常に興味深かったです。
 
パワーは本人の苦悩を支え「安全性の確保に寄与する」種類のパワーもあれば、「権力」や「脅威」ともなり得るとし、従来の診断が「個人の中に何か問題がある」という前提で発動し持続されることの危険性が指摘されていました。そこで石原氏は、あくまで本人の「苦悩」が出発点であると語ります。この視点は新しいようにも思えるし、以前から心理士に馴染みのある表現をすれば、「心的現実」をアセスメントし心理支援を考えていくことと似ているのかなと私は想像しました。
 
私たちは臨床現場で、複数の種類のパワーが動いていることを認識し、その中で「安全性を確保してニーズを満たす」ためのパワーを、そして心理支援のあり方を模索することが大事だと気づかされました。

パワーという用語は強さを第一に想像させる響きがあるので、どう訳し説明するかはやはり課題が残るのかもしれません。だとしても、パワーと表現することにより、質量のある、実感のある支援をイメージすることができるのではないかとも思いました。
 
 

第15章「時代はブリーフセラピーを求めている 田中ひな子 下山晴彦 P148-159


 
この章では、ブリーフセラピーについて説明されています。田中ひな子氏がブリーフセラピーに興味を持ったきっかけや、原因探しの功罪について語る箇所からは、どう心理支援を考えているかを自分に問われているような気がして、時折立ち止まりながら読み進めました。特に、田中氏の「何が正しくて何が回復なのかということを誰が定義するのか」という問いかけにはハッとさせられました。
 
下山氏が「ブリーフセラピーの魅力は“柔軟性”」と語っておられますが、田中氏はまさに柔軟にクライエントやその人を取り巻く世界を見つめる眼差しについて説明して下さっていました。
 

「原因を除去して解決を図る思考法ではない」
「クライエントの中の変化しやすい部分に目を付けていく」


 
上記のようなキーワードは、複雑な問題が絡み合っていたり、完治することがゴールではなかったりするクライエントに関わる際に大事にしている視点だと再確認させられました。

田中氏の柔軟さが引き出しているのでしょうか。この章では下山氏が他の章よりものびやかにご自身の連想を語っておられるように感じて、そこも興味深かったです。
 
 

「そもそも本」の山を下りて、また次の山へ


 
以上、感想を書いてみました。
 
かわいらしい装丁とハンディなサイズの本だったので気軽に読み始めましたが、読んでいくうちに、自分の心理臨床や精神医療に対する向き合い方を主体的に捉え直そうとする心の動きが触発されました。
 
どうでもいいことですけれど、編著者が下山さんで、遠見書房の発行人が山内さんで、遠見書房のロゴが山マークですので、こはる心理カウンセリング室の山内としても、勝手に親近感が湧いておりました。
 
様々な対談の尾根を伝っていく「そもそも本」登山は、無事終了しました。面白い本を届けてくださってありがとうございました。このnoteの文章を読んでくださった方々にも感謝です。ありがとうございました。今後も心理臨床と読書に励んで参ります。

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