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嫉妬・浄化・愛 ――オルハン・パムク『雪』を読んで

 読書セラピーなるものを最近知りました。
 寺田真理子氏の『心と体がラクになる読書セラピー』によれば、読書セラピーとは「読書によって問題が解決されたり、なんらかの癒しが得られたりすること」と幅広い定義がされています。セラピーという程ではないかもしれませんが、読書で「なんらかの癒し」を得たことは誰しもあることではないでしょうか。
 オルハン・パムクの『雪』を読んだとき、嫉妬という感情のもつ甘美さにほろりとしました。嫉妬に共感して浄化(カタルシス)を得る。主人公Kaの体験した嫉妬には、雪の結晶構造が一瞬で崩れるような切なさがありました。
 美しい恋人イペッキが政敵の”紺青”とかつて愛し合っていた。恋人の過去を知ったときのKaの心情をどう形容したらよいのでしょう。
 イペッキがカリスマの”紺青”を愛したのは、アラーを信じるような信仰上の理由であれば許せたかもしれません。あるいは、政治的な結びつきを求めたゆえの交際であれば諦めがついたのかもしれません。しかし、イペッキが一人の女として”紺青”を愛していたとなると、主人公Kaにとっては居たたまれません。
 物語の背景には、イスラムとヨーロッパの宗教上の対立、そして宗教の対立を装った政治上の闘争があります。けれども、Kaの味わった愛の残酷さに較べれば茶番劇に過ぎないのかもしれません。恋人のイペッキが美しければ美しいほどに淡く切ない読後感をもちました。

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