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アンサンブルの理想形 延原武春のブランデンブルク協奏曲

東京文化会館小ホールでテレマン室内オーケストラを聴いてきた。

バッハ:ブランデンブルク協奏曲(全曲)

指揮:延原武春
チェンバロ:高田泰治
ヴァイオリン:浅井咲乃
フルート:森本英希
リコーダー:村田佳生
テレマン室内オーケストラ

前にも何度か書いたが、延原武春の「存在」を教えてくれたのは兵庫にお住まいのF本さんだった。
F本さんとはmixiで知り合って、私の下手な小説にも丁寧な感想をくださったり随分とお世話になった。
大阪の親戚に会いに行った際に一度お会いしたことがある。文章の印象同様、気さくで優しいお人柄だった。

F本さんはナクソスから出ているハラース指揮のマーラー9番もいたくお気に入りだった。
延原さんが好きな理由も同じだろうが、「演奏家の個性は時として音楽の邪魔になる。曲そのものの良さを味わわせてくれる演奏家が理想」という考えでいらしたのだと思う。

さて、延原さんより先に同オケ専属チェンバリストの高田泰治さんの平均律第2巻を聴いて大層感激した話は以前書いた。

来月の高田さんのゴルトベルク変奏曲も行くので楽しみだが、延原さんのブランデンブルクは期待以上に素晴らしかった。

今回のコンサート、舞台転換は出演者の方が行って、その合間に延原さんが次の曲の聴きどころを解説するという流れだった。

トーク付きコンサートは本来好きではない。司会者が出てきて露骨に「敷居を下げたり」すると興醒めなのだが、今回は指揮者が聴きどころを前説するという何とも贅沢なコンサートだった。

第1番はヴァイオリンよりさらに小さなヴィオリーノ・ピッコロがソロを務める。
演奏前に延原さんがソリストの三谷彩佳さんとコンミス(ヴァイオリン)の浅井咲乃さんを呼び出して楽器の違いをレクチャー。

これはありがたい。普段音源だと漠然と聴いてるだけなので、マーラーの4番でコンマスがヴァイオリンを持ち替えるのも最近まで知らなかった😅

延原さんはコテコテの大阪弁で、東京では今や吉本新喜劇のテレビ放送でしかこのような大阪弁は聞けなくなった笑
大阪フィルや日本フィルに客演したこともあるそうだが、メジャーオケとは距離を置いて自分の音楽を追求する姿勢は井上喜惟や宇宿允人と似ている。

ところで「ブランデンブルク協奏曲に指揮者は必要か?」と言う人もいるかもしれない。
ある指揮者の座談会で「四季やアイネ・クライネ・ナハトムジークを振るのはつらい。指揮者いらないよね?」という話があった。

ブランデンブルク協奏曲もベルリン古楽アカデミーのように指揮者なしでやるスタイルもあるだろう。
しかし、指揮者なしの弊害もある。先日、矢部達哉さんがコンマスを務めるトリトン晴れた海のオーケストラ(晴れオケ)のリハーサルをテレビで見た。
晴れオケは指揮者がいないので、「指揮者なしでベートーヴェンの第九に挑む」というドキュメンタリーだった。
主要オケの首席奏者の集まりなので、「ここはこう弾くべきでは?」という意見が飛び交い火花が散るが、下手をするとお互い気を遣い合って「妥協の産物」になってしまうおそれもある。
お互い気を遣って相手を尊重して踏み込まず、それぞれがのびのび弾くだけの演奏もあるのではないか。
それだとアンサンブルを合わせて終わりになりかねない。

指揮者がいると「あなた、ここは抑えて」と当たり前のように指示できるのがいい。
実際、第1番の第2楽章では延原さんがオーボエ3人とファゴットに細かく表情をつけていた。

全曲通して、何と美しい音だったことだろう!
新鮮な果実の果汁が滴るようだった。

クラシックで言うならグリュミオーのヴァイオリンのような音。
それが2時間続くのだからたまらない。

モダン楽器でピリオド・スタイルなので、古楽器ほど痩せすぎず、モダン奏法ほど分厚くならず、すっきり瑞々しい響きだった。
それに東京文化会館小ホールがこの曲、このオケにとても合っている。

高田泰治さんの平均律のときも感じたが、コンクリート剥き出しのこのホールは木のホールと違って教会のような雰囲気がある。
一見寒々しいが、すっきり瑞々しい響きが何倍にも鮮やかに聴こえた。

生の音ならではの贅沢さに身も心も浸っていた。
全席自由で4000円だが、安すぎる❗️😅
6000円でもおかしくないし、カンパの箱があったら1000円入れて帰ろうかと思ったくらいだ(東京公演をしたいが新幹線代が高いと延原さんがぼやいていた笑)

第1番の第3楽章の躍動感、推進力といったら! 
ずっと聴いていたくなる。

「クラシックの演奏家はなんで怖い顔をして弾いてるの? 楽しい曲はもっと楽しそうに弾けばいいのに」という素朴?な疑問をたまに聞く。
楽しくニコニコして弾けば楽しい音楽になるわけではないのがクラシックの奥深さ。

今日の皆さんは当然真剣な表情で弾いていたが、それにもかかわらず音楽の愉悦感は湯水のように湧き出るのだから、これこそクラシックの素晴らしさ。
バッハの楽譜通りに弾けば否が応でも喜びに溢れた音楽になるのだから、演奏家はニコニコするより楽譜に向き合うことの方が大事なのである。

第6番はヴァイオリンがなく、以前はくすんだ音色に聴こえていたが、今日の演奏で聴くと十分色彩感があった。
チェロとヴィオラ・ダ・ガンバ2台が並んで弾くのを見るのは面白かった(ガンバはエンドピンがなく足で挟んで弾くから、そうした奏法の違いも面白い)。

第4番ではリコーダー奏者が楽器の底の穴を塞ぐために太ももに一瞬押し当てて吹く箇所があって面白かった。
延原さんが事前に村田佳生さんを呼んで実演させていた。

第4番のヴァイオリン独奏に細かい音符が多く難解なのも、今日実際に聴いてみて初めて実感した。
浅井咲乃さんの演奏は歌心があっていい。宇野功芳もかつて絶賛していたようだ。
古楽器オケのヴァイオリンソロって杓子定規だったり几帳面に聴こえて面白みを感じないこともあったが、浅井さんのヴァイオリンは音もフレージングも流麗で、バッハの音楽を現代にいきいきと蘇らせていた。
いつかテレマンの無伴奏ヴァイオリンのための12の幻想曲を聴いてみたい。

第2番はてっきり独奏はトランペットだけかと思っていたら、ヴァイオリン、オーボエ、リコーダー、トランペットだった😅
今回はトランペットの代わりにコルノ・ダ・カッチャで。
初めて見る楽器だった。小型のホルンみたい。バッハがカンタータで用いたことのある楽器らしい。

奏者の中島真さんが上手に立つのでラッパが客席と反対側を向く。華麗なトランペットソロを期待していた身からすると音が際立たないのであれっ?って感じがしたが、4つの楽器の協奏という意味ではこのスタイルもよかったかもしれない。

第5番はお待ちかね、ショートケーキの苺、ラーメンのチャーシュー的な高田泰治さんの長大ソロの登場!

延原さんは高田さんのソロのときも、第2楽章のヴァイオリン、フルート、チェンバロの三重奏のときも、指揮はやめてチェロの後ろの位置で奏者を見守っていた(他の曲でもそうしたシーンはあった)。
高田さんのソロは平均律のときと同じで、気を衒うことのない正攻法。
この曲のチェンバロソロってジャズのアドリブみたいに即興性が強調されることも多いと思うが、高田さんはあくまで真面目。そういう小細工はしないのです😅
チェンバロの音がとてもきれい。耳が洗われるよう。調律師も優秀なのだろう。

最後に、独奏ではなかったが、コントラバスの橋本将紀さんがよかった。
ずっと通奏低音なので地味な存在だが、コントラバスを意識して聴いてると音楽の輪郭を作っているのがわかる。
絵でいうと影に当たる部分。コントラバスのおかげで音楽の立体感が生まれる。

橋本さんは舞台からはけないでそのまま椅子や譜面台の移動をされていて、演奏後には毎回ソリストに拍手されてました。
気の優しい方なのだなぁと見ていて思いました。

スマホや時計のアラームが2回鳴った以外は特に雑音もなく、麗しいバッハの音楽に酔うことができた。
フライング拍手もなく、残響も楽しめた。

兵庫のF本さんとはご無沙汰しているが、年賀状でお礼を伝えようかと思う。

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