「気のせい」と薄荷の話
あゆみ野クリニックにある「心療内科」は元々私が設置した診療科ではありません。前任で、膵癌で急逝された長純一先生が始められました。私は心療内科の系統的なトレーニングを受けたことはないので自分のクリニックになったときこれは外そうと思ったのですが、関係者から「どうか外さないでくれ」と言われ、そのまま今に到っています。そのあゆみ野クリニックの心療内科が今では事実上労働問題相談所と不登校児童相談室になっているのはご承知の通りです。だいたい労働問題関係が8割、不登校などお子さんの受診が2割で、その他はごく少数です。
さて、「気のせい」という言い方があります。「いや、それは気のせいだよ」・・・普通に言いますね。
「気」という概念は、漢方医学やその源流である中国伝統医学、さらにはインドのアーユルヴェーダ医学などでは、極めて重要・・・むしろ最重要な概念です。その人の「気」にどの様な異常が生じているのかを論じなければ、こうした医学は成り立ちません。
しかし現代西洋医学では、「気のせい」は要するに「あなたは病気じゃないんだから、心配しすぎです」という意味になります。最近は多少考え方がマシになってきて「あなたは身体に不調を訴えるけれども、身体を検査して何も異常は無いから、あなたの症状は身体に表れているけれども本当の原因は心にあるだろう」というのが「心療内科」の根本概念です。つまり、「気のせい」が若干格上げになりました。しかしたいした格上げでないのは、「通院精神療法」より「外来心身医学指導料」がめちゃくちゃ安いことでも明らかです。通院精神療法は30分以上かけると3千円以上になりますが、外来心身医学指導料は再診の場合、診療時間に関係なく800円です。
800円。
心療内科がどれほど国から馬鹿にされているか分かります。だから当院も含め全国ほとんどの心療内科は、実際は精神科も標榜し、患者さんからは通院精神療法として診療費を戴いています。その人の人生の悩みを聴いて何か対策を講じて800円では、クリニック潰れます。
ちょっと話が逸れました。
「気のせい」の話です。身体疾患では「気のせい」と言えば「あなたの心配しすぎ」という意味になりますが、精神科や心療内科は現代医学でもまさに「気」の異常を扱います。「精神」と言うのは明治時代西周(にしあまね)という人がドイツ語を日本語に訳して出来た単語ですが、要するに気分、感情、気持ちなどの異常を扱うのが精神科で、原因はそう言うものだが症状は身体の症状として出てきているというものを扱うのが心療内科です。だから精神科や心療内科で「いや、それはあなたの気のせいだ」という話はなり立ちません。だって「気の異常」を扱うのが精神科や心療内科ですから。精神科や心療内科なのに「そりゃあなたの気のせいだ」という医者がいたら、それは医者変えた方がいいです。その医者は自分が何を治療するのか、分かってないからです。
たまたま今日医学雑誌を読んでいたら、面白い論文を見つけました。「呼吸困難感に対する薄荷の香りの効果」という論文です(Kanezaki M et al. Eur Respir J. 2017)。ちょっと古くて小規模な研究なのですが、呼吸困難感を訴えるけれども呼吸器(肺)に異常が見つからない患者25名を薄荷の香りの主成分であるメントールを嗅がせた群とストロベリー(イチゴ)の香りを嗅がせた群に分け、スポーツクラブにあるようなバイクを漕がせながら呼吸困難感を測定したのです。そうしたら、メントールを嗅がせた群の方が明らかに呼吸困難感が低く、しかも両群の差は運動負荷を強くするほど広がったというのです。
薄荷は漢方や中医学でも重要な生薬です。まさに「気分を晴らす」ために使います。鬱々としている人の気分をパッと晴らすのです。薄荷の香りの主成分がメントールです。あの香りを嗅いだことが無いという言う人はあまりいないでしょう。あのすっとする香りが気分を晴らすから薄荷は生薬なのですが、この研究はまさに薄荷の効果を科学的に検証した結果になっています。因みに、漢方薬に薄荷を使うときは、最初から他の生薬と一緒にぐつぐつ煮ては行けません。他が煮上がった頃に最後に加えるか、もっときちんとやりたければ薄荷だけ別にしてごく短時間「湯通し」するぐらいにして他と加えます。だって、あの香りが大事なんですから。
気分と薄荷のお話でした。
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