保険診療での煎じ薬治療
保険診療での煎じ薬治療について
あゆみ野クリニックのオンライン漢方診療は煎じ薬治療が基本で、しかも保険診療です。
煎じ薬に入れる生薬というのは、生薬一つ一つが保険収載医薬品になっています。今日本では90%以上の医者がなんらかの漢方薬を処方するそうですが、では煎じ薬をきちんと処方出来る医者はどれほどいるかと言えば、ざっくり言って全国に100人いるかどうかでしょう。葛根湯を煎じ薬で処方してくださいと言ってもほとんどの医者はそもそも葛根湯がどんな生薬を組み合わせて出来ているのか、それ自体知りません。しかも煎じ薬を作る場合は、必ずその時々の患者の容態に合わせて、今回は桂枝を2倍にしようとか、冬の間だけ附子を入れておこうとか、加減や出し入れをします。どういう理由でこの人には桂枝を2倍にするのか、なぜ冬の間は附子を追加するのかというのは、一つ一つの生薬の効能効果、つまり生薬学を学んでいないと出来ないわけです。また生薬学を教科書的に学ぶだけではなく、実際に桂枝なら桂枝、当帰なら当帰を入れたり引いたりしたときどういう効果が出るだろうという事は長年の臨床経験の中で体感していくわけです。
しかしいくら煎じ薬治療が特殊な知識と経験を要すると言っても、それやったからと言って保険診療上は何の加算もつきません。院外処方なら処方箋発行料だけ。要するに風邪の患者に風邪薬出すのと変わらないのです。
だから煎じ薬を保険診療で使う医療機関ってほとんど無いです。煎じ薬は基本自由診療だと思います。だってこれだけの特殊な知識と技術と経験が「評価0円」ですから。
あゆみ野クリニックのオンライン漢方診療では、オンライン診療の際認められている「設備使用料」をかなり高く設定しています。初診7千円、再診5千円です。設備使用料は自費ですので、当院のオンライン漢方診療では初診7千円、再診時5千円は別途戴きますという事になります。これがざっくり私が煎じ薬を処方する技術料、という捉え方です。と言ってもこれを入れても患者さん一人診療したときの単価がおよそ8千円なので、実は他のリアル外来の内科系の患者さんとそれほど変わらないんですが、患者さんの自己負担は高くなります。
それでもこちらが保険診療の枠内で処方箋を出す限り薬局も保険診療で受けてくれますので、薬局に対するお支払いご負担は自費診療よりは明らかに安くなります。と言っても薬局も生薬を常備して煎じ薬処方箋に対応出来る薬局というのは極めて限られていますから、オンライン診療で可能な「オンライン服薬指導」を受けて戴くなど、一定の加算を戴きます。だから外来で気楽にツムラのエキスを出されるよりは高くなります。しかしそれは、葛根湯を中身がなにか知らないで出す診療と、葛根湯の生薬一味一味を知っていて加減乗除が出来る診療との値段の差だとご理解戴きたいのです。
保険診療における生薬の位置づけはちょっと変わっています。保険では一つ一つの生薬が医薬品と看做されるのですが、全ての生薬の保険適応が「漢方薬の調剤に用いる」なのです。この生薬の効能効果は何、とは決められていません。まあ、そういうのは難しくて分からないし、生薬を保険で出す医者なんてまずいないんだろうから、漢方薬を調剤するという事で纏めておくからあとは好きにやってください、という感じです。
ただ「漢方薬」について一つ決まりがありまして、保険診療上は漢方薬とは「複数の生薬を組み合わせたもの」なんだそうです。だから生薬一つだけを保険で処方するのは認められません。査定されて切られます。必ず複数組み合わせろ、と言うのです。ところが独参湯(どくじんとう)という漢方薬があるのです。これは薬用人参を単独で使います。しかし保険診療の決まりでは独参湯は漢方薬じゃ無い事になってしまいます。独参湯ってまあ、めったに使うことはないのですが、それでもあるときどうしてもこの人には独参湯を出したいと考えたことがあって、それで一回出したら後から保険審査で引っかかり、こういう決まりだと知りました。漢方の専門家である私が保険審査から「漢方薬の定義」を教えられてしまった・・・苦笑いするしかないですが。しかたが無いので独参湯をどうしても出したいときは人参に小麦か棗を入れます。小麦も棗もれっきとした生薬なので、合わせれば「漢方薬」として保険が通るのです。独参湯というのは人参の薬効だけをシンプルに使いたいから独参湯なので、組み合わせるものがあまり個性のある生薬であっては困ります。小麦か大棗ならまあ少し入れたって良いだろう、と言うわけです。人参30gに小麦1g入れたら「漢方薬だ」って事になるわけですから。
一回自分で新しい処方を創ったことがあります。釣藤鉤と牡丹皮を組み合わせました。これは何かというと、基礎研究でアミロイドβの凝集を減らすことが分かった生薬です。釣藤鉤や牡丹皮がアミロイドβを減らす効果があるというのは、以前東北大漢方内科が研究して英論文にしています。だからこの2つを合わせて初期アルツハイマー病の人に投与してみました。保険診療では漢方薬とは「複数の、つまり2つ以上の生薬を組み合わせたもの」以外の定義はないので、別にエキス漢方処方でなくても構わないのです。釣藤鉤と牡丹皮を合わせればちゃんと「漢方薬を処方した」事になります。
しかしこのときは、効果がほとんど感じられませんでした。基礎データでもマウスを使った動物実験でも素晴らしい結果が出ていたのに、人に飲ませても効果の程は???だった。何人か試して効果が実感出来ればRCTなどをやろうかと考えていたのですが、数人に出して一人も効果が実感出来なかったのでそこでやめてしまった。
しかし今回新しく発売されたレカネマブ、商品名レミケンビも臨床効果ってまったくたいしたことが無い。始めて生きた人で脳内アミロイドβを実際に減らすことが確かめられたにもかかわらず、認知機能改善効果は非常に限定的です。少なくとも認知機能が改善するわけではない。使わない群より認知機能の低下が若干遅くなると言うだけです。その効果がどれだけ持続するのか、臨床治験のデータは1年6か月ですからその先は分かりません。ずっとあれぐらいの差が出ていくのか、結局あまり変わらなくなってしまうのか、現時点では分からないです。でもあの程度の有意差だったら「釣藤鉤と牡丹皮」でも出たかもしれないなと今は思っています。あのときは「ちっとも患者さんの認知機能がよくならない」と感じて止めてしまったのですが、所詮この程度で効いたというなら釣藤鉤と牡丹皮でも同じ程度には効くのかも知れません。しかしその「効いた」を臨床的に実感出来るかどうか。レカネマブも臨床医の目から見ると、なんだかねえ、ではあります。
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