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雄勝・・・幻の街。震災復興事業は何を残したか。
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これから皆さんを、ちょっとした週末のドライブにお連れしましょう。石巻から三陸自動車道でインター二つだけ北に登り、江戸時代に開かれた「新北上川」沿いの堤防道を爆進し、右手に見える低い山並みをトンネルで越えると、雄勝があります。
2016年、私は雄勝診療所長を8ヶ月ほど勤めました。私がここで診療所長をしていた頃、この雄勝という土地は全て巨大土木工事現場でした。その巨大土木工事現場を抜け、岬沿いにウネウネとくねる道を少しいくと、道の左側にプレハブの小屋があり、そこが診療所だったのです。
私が雄勝診療所長を辞めた経緯はあまり思いだしたくない話だったので、それ以来私は雄勝に行ったことがありませんでした。しかし今日、ちょっと必要があって、私は雄勝に行ったのです。
順番にお見せします。
雄勝の遠景。延々と堤防が続く先に高台が築かれ、いくつか建物が建っています。近づいてみると、高台の下にも数棟の建物があります。行ってみると、物産館、道の駅、寿司屋やカフェ、土産物などを売る建物が並んでいました。下から高台を見上げると、堂々たる雄勝総合支所が睥睨するように聳えています。
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さて、そこからさらに岬沿いの道をいくと、新しい雄勝診療所、保育所が右手にあり、その少し先に雄勝小中学校があります。診療所と保育所は同じ敷地に立っていて、バス停があります。ここから石巻方面に、毎日行きが5便、帰り4便マイクロバスが走っています。
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私はこの新しい診療所で診療したことはありません。ここが落成する直前に診療所長を辞めたからです。しかし診療所が新しくなってすぐ、ここには常勤の医者は置かれなくなりました。石巻市立病院から医者が出て、週三日外来をやっています。なお歯医者さんは私がいた頃からずっと同じ先生が常勤でやっているとのことです。今日は土曜日ですから休診です。でも敷地の片隅に懐かしいものを見つけました。訪問診療の時に乗った軽自動車の病院車です。上のランプはスイッチを入れると本当に光がついてうーーーとサイレンがなりますが、弱点はいかんせん馬力不足で、岬の奥の山道を登ろうとすると、途中でエンコします。
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物産館で土産物を見てまわりながら従業員の方に声をかけました。あの、昔まだこの辺がプレハブだった頃、お名前は忘れましたが「浜のおばちゃん」という方が手作りの、それはそれは美味しいふりかけを作っておられたのですが・・・。
そうしたらその方は目を見張って、
「3年前に亡くなられました」というのです。
私が診療所に勤務していた頃多分六十前後だったはずです。私も絶句しました。「何回か手術したんですけど」というのですから、おそらく癌だったのでしょう。私がぜひここで買い求めたかったふりかけは、ついに幻に終わってしまいました。
幻といえば・・・。
そうですね、この文章を書こうと思った時、今の雄勝をなんと呼んだらいいのか、表現に迷っていました。役場がある、銀行の支店もある、警察署、消防署、小中学校、診療所、保育所がある。
こう並べれば、なるほど街のようです。
しかし聞くところによれば、今の雄勝の人口は石巻市の台帳では千数十人となっているそうですが、「実際に住んでいるのは800人ぐらいでは?」というのです。どういうことかというと、住民票を雄勝に置いたまま他の土地に移ってしまった人がかなりいるらしいのです。その人々は、いつかは雄勝に戻るつもりだったか、あるいは今でもいつかは戻るつもりなのかも知れません。でももう、戻れないのです。
そして、そういう目で改めてこの光景を見渡すと、ここにあるのは物産館と道の駅であって、スーパーでもコンビニでもありません。売られているのはお土産にする乾物であって、日々のお惣菜でも日用生活用品でもない。なぜなら実際の住民は800人程度しかおらず、お店を開いても商売にならないからです。
しかも、総合支所の人もこの道の駅の売店で働いている人も、雄勝には住んでいないのです。雄勝漁港は今でも現役の漁港ですが、漁師さんたちも雄勝に住んでいるという人は少ない。ほとんどは石巻の復興住宅地区から「通勤」しているのです。
土産物売り場などでさりげなく「あそこの保育園、綺麗に建ちましたね。今何人くらいお子さん通ってるんでしょう」と聞いても、皆さん話を逸らすか、黙ってしまいます。実は、私が雄勝診療所長だった2016年時点、当時雄勝の住民がおおよそ2千人だった頃に雄勝総合支所の人に聞いた時は「入園予定者は4人」でした。今日質問した誰も答えてくれなかったので、今何人園児がいるのかは不明ですが、雄勝に2千人が残っていた頃の入園予定者が四人で、今雄勝に実際住んでいるのがおおよそ800人なのですから、それはこれ以上聞かなくても想像はつきます。
つまり雄勝は、「幻の街」なのです。役場がある、学校も保育所もある、診療所もある、銀行も消防署も警察署もある。しかしここはどう見ても「人が生活する現実の街」ではありません。無論そんなことを言ったら今ここで暮らしている800人前後の方に失礼でしょうが、逆にこれだけのものが事実上800人の集落に揃っている。しかしその人々が実際に生活するために欠かせない日常生活品を売る店も日々の食品を買う店もないのです。
「幻」という他はありません。
あたかもそこに立派に街が再建されたかのように様々な施設が立ち並んでますが、結局のところ実際に住んでいるのは推定800人程度であり、毎日の食品も日常用品もここでは売られておらず、小中学校には生徒がいる形跡はありますが保育所はひょっとすると・・・。
幻の街をご覧のように巨大な堤防が果てしなく取り囲んでいます。
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