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残りものには福がある
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「三が日、お疲れ様でした」
三段重の最上段で、黒豆の長老が静かに口を開いた。重箱の中は、いつもより少し広く感じる。当然だ。仲間の多くが、既にその役目を終えていた。
「まずは、生存報告からお願いできますかな」
「はい」数の子が、歯切れのよい声で応じた。「私たち上段組は、まだ半数ほど残っております」
「中段は、栗きんとんさんと私達だけです!」煮物の人参が報告する。「今朝、残り1個の煮ハマグリさんが旅立ちました。最期まで凛として美しかったです」
「エビフライの誘惑に負けそうになった旦那様を、最後まで食い止めた勇姿は忘れられませんね」栗きんとんが感慨深げに付け加えた。
「私たち下段組は、残り1/3ほどとなりました。ただ...…」と言いかけて、酢レンコンは言葉を濁した。
「何か言いにくいことでも?」長老はふくよかな笑顔で促す。
「実は、隣の洋風重の面々は完売御礼とでも申しましょうか、二日目には全てなくなったという報告がありまして……」
「あらっ」栗きんとんが思わず声を上げた。「エビフライさんたちも、ハムさんたちも?」
「ええ。特に小学生になられたお坊ちゃまに人気だったそうで」酢レンコンは申し訳なさそうに続ける。「私たち和風重から眺めていると、まるで運動会のお弁当のような賑わいでした」
「ふんっ」栗きんとんが不機嫌そうに言う。
「あの方たち、お正月にまつわる由来も何もないじゃない。私なんて、この美しい金色から金運をもたらす縁起物として重宝されてきたのに...…」
「栗きんとんさん──」黒豆の長老が優しく声をかけた。
「お坊ちゃまの『甘すぎる』という感想が、そんなにショックでしたか?」
「えぇ...…」栗きんとんは黄金色の表面をほんのり色づかせながら、恥ずかしそうに答えた。
「正直、完食されたエビフライさんたちが羨ましいですわ」
「でもね」紅白かまぼこが明るい声を上げた。「嬉しい出来事もありましたよ。一時帰国してるお嬢様の件、お聞きになりました?」
一同が身を乗り出す。
「昨日、お嬢様が留学先のホストマザーに私たちの写真を送ったら、凄く感激したらしくて。こんなに美しい料理は見たことがないって」
一同が大きく頷いた。かまぼこは顔を紅潮させ興奮気味に続けた。
「そしたら、ロンドンに帰ってきたら作り方を教えて欲しいって言われたそうなんです。特に、かわいい見た目の黄色いロールケーキの作り方を教えて欲しいって」
皆の視線が伊達巻に集まる。伊達巻は照れ臭そうに体をくるりと巻いた。その隣で、田作りがぴょんぴょん跳ねてゴマを飛び散らせながら言う。
「ぼくもその話し聞きましたよ!お嬢さん、お母さまに伊達巻の作り方を教えて欲しいとお願いしたんですって。『三が日が終わったばかりなのに』ってお母さまはボヤいてたけど、表情はとても嬉しそうでしたよ」
そのエピソードを聞き、皆の顔がほころんだ。手綱こんにゃくはほころびすぎて、ただの板こんにゃくになっていた。
「そういえば── 」数の子が思い出したように声を上げた。「昨日、エビフライさんったら最期に『来年は私も和風重に入れてもらえませんか?天ぷらという名前で』なんて言ってましたよ」
「まあ!」栗きんとんが吹き出す。「なんと図々しい。でも、素敵な発想ですわね」
「では、そろそろ来年に向けての改善点を話し合いましょうか」黒豆の長老が口を開いた。「個人的には、もう少し若い方の好みに合わせて──」
「あの……」と長老の声を遮り小さな声が響く。誰かと思えば、忘れられたように重箱の隅で残っていた小さな昆布巻きだった。
「私、最後の一切れなんですが...… 実は、さっき真ん中のお嬢様が『明日の部活に持っていくからお弁当用に残しておいて』と、お母さまに伝える声が聞こえてきたんです」
一同がどっと湧いた。
「昆布巻きさんったら、お重を卒業してお弁当デビューするのね!」
夕暮れが深まる中、重箱の中で温かな笑い声が響く。食卓の上で見せる凛とした姿とは違う、打ち解けた団らんのひととき。来年もまた、新しい家族の物語が始まることを、残されたおせち料理たちは静かに願っていた。
ただ、栗きんとんだけは、こっそり「来年は甘さ控えめにしよう」と心に誓うのだった。
了
2025年、最初のnoteは何を書こうか悩んでた三が日。テレビを見てると小さなお子さんがおせち料理を食べてるシーンが目に入りました。
「かまぼこさんの次はたづくりさんでぇ……」
おせちの一つひとつをさん付けする姿が印象的で、そこからこの物語を思いつきました。書いてみるとなんだか不思議なお話しになりましたが、今まで書いたことがない作風になったので楽しかったですね。
ショートショートを書いたのは、2年ぶりになるでしょうか。エッセイとは違った楽しさがあるので、今年は小説にもチャレンジしたいですね。