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高堂つぶやき集。
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#神

ウランバートル郊外の草原にはところどころ頂に神が祀られてある。一見、神だとはわからない容貌だけれども、たしかに独特な靈氣を放っている。案内してくれたモンゴル人はシャーマンの末裔で、己自身が神殿なのに改めてそれを外界に置く意味がわからないという哲學の持ち主であった。人こそ神なのだ。

概して目に映らぬ者を神という。つまり物質化とは神の自己否定から生まれたとも視られる。神が人としての肉体を保ちつづけるためには、神の領域の氣が人体を破壊するのを防ぎながら(といっても身体は相当に傷つけられるけれども)、動くことも、語ることもなく、ただ在ることのみしか許されていない。

最近、私の周囲には書物を神棚に奉り、手をあわせる方が増えている。神と紙のはき違えだが、木札よりよいと個人的には視ている。「神はいる。いないときでさえも」と云ったのは誰だったか。神の名残りだけでも、人は概して生きていける。本も同じであろう。読書の余韻が人のそびらを押してくれるのだ。