アーティスト: Chen Xi (陈熹 / チェン・シー、シー・チェン)
Chen Xi の作品を初めて見たのは、2018年の春、彼の上海M50のA+Contemporary というギャラリーで彼の個展が開催された時だった。大きな展示空間の壁いっぱいに投影されたアニメーション作品をひと目見て動けなくなって、そのまま1時間くらい見ていたと思う。(トップ画像はその時見た作品、《Sleepwalking Through The Walk Simulators: 歩行指南》より)
短いシークエンスが連なるオムニバスのような映像の中で、美少女?ロボット?動物?異星人?たちが撃ったり撃たれたり破壊したり破壊されたりしていた。宇宙船なのか未来なのか異星なのかわからない舞台も、荒唐無稽で不条理で、驚きの連続だった。
《Sleepwalking Through The Walk Simulators: 歩行指南》の一コマ。色や造形が魅力的なのは本当にそうなのだけれど、動きがリアルで引き込まれる(たぶん「リアル」というのは、自分がよく知っている地球上の人間や他の生き物の動きを想起させる、ということだと思う)。この動きはもう快楽的と言ってもいい。あとカメラワーク。複数のものが同時進行で気になる動きをしている中、視点が絶妙なルートを通って、展開する場面をこれ以上ないほど完璧にフレームへおさめていく。
《Sleepwalking…》は77分という長編だ。しかしのちに、本人に会った時、すべてを一人で作っていると聞いて、その天才ぶりに恐れおののいた。
短編作品も面白い。現在Youtubeで公開されている短編を貼っておく。
Instagramでは短い映像をたまにアップしたりするので(それもすごくいい)要チェック。
現代美術の領域のみならず、Chen Xiの作品は近年国際的なアニメーションのコンペティションで高い評価を受けるようになった。2021年の長編《Checkin of the Mound》(84分)はアヌシー、オタワなどそうそうたるアニメーションフェスティバルで受賞を重ねている。
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私は友人に紹介してもらって、2021年3月、北京で彼に会った。私たちは主に英語で話したのだけど、日本語も勉強していて聞き取りはほぼOKというので驚いた。彼は、「話し言葉はまだ変だけど」と言っていた。(私の中国語は、何年も勉強しているのにもかかわらず、いまだに聞き取れず、発話もカタコトだ。頭脳の違い…)
映像を一人でコツコツと制作しているほか、ペインティングの作品がある。それもいい。下記HPで「Fineart」の項目に画像あり。
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話は現在に戻る。2022年10月、これを書いている2日前、Chen Xiが完成したばかりの長編アニメーションのリンクを送ってくれた。そこに現れる者たちの姿かたち、舞台、展開する出来事の、異形さ/異常さは相変わらずで、私は異次元か宇宙空間にでも行って帰ってきたみたいな気分になった。いったいどこからこんなことを思いつくんだ、と、ため息しか出ない画の連続。今回も文句なしに面白い。
そしてさらに、胸になにかつっかえるような感興におそわれた。
これまでもChen Xi の作品の中には、破壊や殺戮や捕食を想起させるような描写が繰り返しあらわれてきた。その様子を見るたび「この人々(かロボットか異星人か動物か…便宜的に「人」と呼ぼう)の間では、これが普通で、こういうふうになっているのね」と納得させられてきた。たとえば《Carrot Feeder》では、集団の中からルーレットで選ばれた1個体が、Carrotを生産(?)する者に捕食される。残った仲間たちはその生贄が捕食される際に生産されたCarrotを粛々と収穫する。その生と死の儀式は、虫や植物のそれを思い起こさせる。あまりそこに感情移入すべきでないとされるタイプの儀式だ。
そのような描写が今回の《Worm Regards | ミミズの太陽》*と題された新作にも頻出するのだが、さらにそこには、パーティションで作られた柵の間をところどころで身体チェックされながら通り抜けていく様子や、立ち並ぶ個室に隔離され、ドアのところでチェックを受ける様子があった。
「そこに感情移入すべきではない、これは私たち人間を描いたものではなく、架空の存在についての物語なのだから」と、これまでChen Xi作品を見た時のように自分に言い聞かせる。その一方で、本当に感情移入すべきでないのか?ともう一人の私がつっこむ。
いま中国では毎日のように何千万〜数億人もの人々が強制的にPCR検査を受けさせられている(正確な数は出てこないが、例えば上海ではビルや交通機関で24〜78時間以内の陰性証明が求められる。上海の人口は2400万人)。陽性になったり、濃厚接触者になったりすると隔離施設へ送られ、二次濃厚接触者も、施設か自宅で隔離される。一般的に、一人陽性になると数百人が隔離される。この状況は新型コロナウイルスがより感染しやすくなり、また感染しても無症状の人が多くなった、2022年に入ってからエスカレートしている。この状況に不安や不満を感じる人は少なくないが、訴える先もないし(あっても無力)、ボイコットする手段もない。とにかく生活するために従うしかない。
つまり、私がいま上海にいて感じている社会の不条理や人間というものの不気味さが、描き出されたような感触が本作にはある。「そうなっていること」は、本当に「そうなっていること」なのか? ーーこれを考えながらChen Xi作品を見るのは本当に怖い。
ただし《Worm Regards | ミミズの太陽》は2時間におよぶ大作で、中国の日常の暗喩、などといった平板な解釈をはねつける、説明が不可能な部分が圧倒的に多い。私が自分の置かれた状況に重ねて見たように、観賞者がそれぞれに重なるものを感じるタイプの作品だと思う。
(似た方向の既存作を挙げるとすれば、ホドロフスキーの《ホーリーマウンテン》やマシュー・バーニーのクレマスターシリーズが思い浮かんだ。)
いつか公開されるのが楽しみだ。
(というか、Chen Xiの複数作品を一挙に見せる展覧会をしたい。なんとかならないか……みんなにすごく見てもらいたいのだけれど)
*2023/1/30 追記——その後、Chen Xiは映像をブラッシュアップし続けていて、作品名も《ミミズのミミズ》に変更されている。
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