心理学における理論危機
先日、心理学の若手研究者を中心としたパプリックトークがあり、そこで発表したスライドを共有します。
感想
発表後の議論の中でご指摘にあったのが、「理論」と「法則」は違う、ということでした。スライドでも紹介した Eronen & Bringmann (2021)も指摘している通り、まずロバストな現象がちゃんと観察されてから、理論というものは作ることができます。なので、(社会)心理学はまだ理論構築をできる段階にすらないかもしれません。
また、これらの議論と自分のレビューを通して感じたことは、心理学者自身が理論について正しく認識していないかもしれない、ということです。「theory」「model」「framework」「hypothesis」などといった用語はよく見かけますが、おそらくどれも、生物学、物理学、経済学の求める水準の「理論」とは根本的に異なっている気がします。
ならば、「とりあえず意味のあるロバストな現象さえ見つけることができればいいじゃないか」という立場をとる研究者も人もいます。例えば、利用可能性ヒューリスティックなど、「なぜそうなるのか」を説明する理論がなくても、現象を知っているだけで使えますよね。こういう立場をとるなら、まずは繰り返し観察可能な「法則」や「現象」を追い求める方が正しいかもしれません。特に社会心理学は、実用的な科学を目指して生まれてきた背景があるので、小難しい理論化はさておき、社会に役たつ現象や法則を追及して行った方が性に合う気がします(Big FiveとかWell-being研究)。なれないものになろうとして背伸びするのでなく、まずは実現可能な所から頑張っていくのが先決でしょう。
こう考えていると、自分のスライドの最後の方のメッセージ「引用数を目指すならリスクをとって理論構築を目指すべき」というのは、ややハードルが高すぎるかなと思います。若手のうちは、再現性危機を誠実に受け止め、まずは再現可能な現象を追っていく方が堅実でしょう。理論構築を目指すにしても、まずは歯ブラシ問題を避けるために、すでにある歯ブラシたちを結合していかに高度な歯ブラシを作っていくか、と言う視点も若手にとってはすごく大事な気がします。
かといって、追試の先にある目指すべき方向と言うのは、しっかり認識しておくべきかなとも思います。心理学者が定義する理論が科学的に正しいかどうかは、まずはおいといて、理論の作り方や仕組みを知っておけば、自分の研究を広い視野で位置付けることができると思います。ゴミ製造機をコピーして、ゴミを生産し続けるのは誰もやりたくないですもんね。
心理学の若手が考えなければいけないことは多い。それだけは確かです。