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過疎りゆく町で② 遠い未来では風土記かもしれない絵本

くたびれアラサー会社員が、過疎化が進む田舎町・栃木県の那珂川町で、偶然心の癒しを見つけた日の日記その2です。

前回の記事で書いた、居心地の良いカフェを出発した私と友人は、次なる目的地へ向かいました。今回はそこで出会った「絵本」にまつわる話です。
前回の記事はコチラ↓

カフェのある場所から道を少し戻って、カフェと同じNPO法人が運営している「工房 りすの家」というお店を目指します。そのお店は、建築家・隈研吾が手がけた馬頭広重美術館がある通りの一本南側の道沿いにありました。

お店の正面にあるかわいいステンドグラスのランプ

どんぐり型のステンドグラスで出来たランプがつるされたお店の前には、小さな机に向かって色鉛筆でなにかを描いているおじさんが一人いました。
「こんにちは」とおじさんに声をかけて店内に入ると、ステンドグラスのランプやペン立てが机の上に並んでおり、別の棚にはストールやクッション、また別の机の上にはニホンミツバチから採取したはちみつ、はちみつバームなどが置かれていました。

一通り商品を見終わると、先程のおじさんが「今日初めてのお客さんです…」と仰いました。おじさんによれば、この辺りに人が来るのは稀なんだそうです。たしかにさっきから目の前の通りを往来する人を全く見ていない気がします……。

内心これは紛れもない過疎化だ…と思っていると、おじさんはさらに切ない話を続けます。

おじさん曰く、このお店は肥料店の一角を借りていて、貸主であるお隣の肥料店のおばあさんと、通りを挟んで向かいのお店の奥さんという二人の常連さんがいるそうです。でも、お隣のおばあさんが体調を崩されたので、常連さんが半分になってしまったのだと……。

別におじさんが何かを催促したわけではなく、ただ事実を述べただけなのは分かっているのですが、これまでの話を聞いていて、「せめて何かを買ってあげたいな…」という気持ちが湧いてきました。そうは思うものの、可愛いと思ったステンドグラスのランプは2万円以上していたので即決できず。他のものも今は間に合っていたり自分の好みとは違っていたりして、どうも困ってしまいました。

そんなとき、お店の前にある小さな「絵本」が目に留まりました。値札がどこにもなかったので、売り物であるかを尋ねたところ、販売中であることと、そのおじさんが作者であることがわかりました。

お店の正面の写真。左下に写っているのが「絵本」です。

そのうちの一冊を手に取ると、おじさんは絵本の登場人物はこの辺りのご近所さんをモデルにしているという話をしてくれました。
「この人は自転車で遠くのスーパーまで2時間かけて買い物に行く人で、こっちの人は出勤の時にここを通る人でいっつも帽子をかぶっていて…」その言葉通り、絵本には何気ない日常がそのまま描かれていました。

「ドウモ。せいくろさん、げんきけ?」/「ソウキくんけ?しごとのかえりけ?」 

石塚誠『大山田のせいくろさん』2021年

この会話文を読んだとき、栃木弁の日常会話がそのまま文字化されていることに、私は猛烈に郷愁を感じたのでした。実は私は両親が西日本の出身だったため、栃木で生まれ育ったというのに栃木弁はしゃべれたためしがありません。なんなら正直なことを言うと、学生の頃は「ダサい方言」と思っていて、話せるようになろうともしなかったのです。その栃木弁に今、切なさを感じている自分がいる……。

絵本の値段を聞くと300円だというので、私は町の応援の気持ちを込めて購入しました。正直なところ、忙しない社会人生活で弱っていないときだったら、買っていなかったと思います。でも、この本に閉じ込められたゆったりとした栃木の田舎生活は、今の私の心を慰める力を持っている。私はこの本を現在私が住んでいる関西の家に持ち帰りたいと思いました。

本を買うと申し出ると、おじさんはこちらが驚くほどに喜んでくれました。さらに私につられて友人も一冊買うと言うと、小躍りして喜んでくれました。
「今日はなんて日だ…!」
ここまで感慨のこもったこのセリフを、私は初めて聞きました。自分のちょっとした行動が、誰かをこんなに喜ばせることができるとは。私は私で嬉しい気分になりました。

おじさんはおまけでもう一冊持っていっていいですよと言ってくれました。
何冊か立ち読みさせてもらって決めたもう一冊は、夕方の犬の散歩をテーマにした絵本です。表紙をめくると、犬の散歩道である田んぼ道を描いた挿絵が全面に描かれていました。その絵を見た瞬間、これは私の知っているふるさと・栃木の景色だとすぐに分かりました。とにかく広い田んぼと、同じように広い空、その遠くに見える林や山々。これは関東平野にある田舎だからこその景色だと私は思うのです。それは私にとって、まさしく故郷の原風景というものでした。

↑こちらは宇都宮市内の「ふるさと田園通り」ですが、本当に空が広いんです(ぜひマップを360度動かしてみてください)。県内のいろんな場所で、このようなのどかな景色を見ることができます。

本当に素朴な、言ってしまえば何でもない日常の一コマが描かれているだけの絵本なのですが、逆に余計な脚色なく人々の生活そのものが描かれていると私は感じました。もし、今からはるか先の未来にこの絵本が発見されたら、その当時の人々の生活をリアルに知ることができる資料になるんじゃないか。さながら風土記みたいだなと、かなり大袈裟かもしれませんがそんなことを考えました。
(風土記は創作絵本とは違いますよ、というツッコミはなしでお願いします…)

こちらが購入した絵本の表紙です

まさか元地元民の私でも知らなかったこんな栃木の片隅で、自分のくたびれた心をそっとやさしくケアしてくれるものに出会えるとは。思わぬ収穫に私はホクホクして帰りました。

余談 
小学校教師をしている友人は子どもが登場する絵本を二冊選んでいて、「児童たちに読ませてあげようかな。」と言っていました。おじさんの絵本の読者はさらに増えるかもしれません。
なかなか人目につかないところであっても、創作を止めさえしなければ、いつか今回の私たちのように思いがけず読者が現れるかもしれないんだな…とも思いました。そう思えたからこそ、私も重い腰を上げて、今まで勇気が出なかったnoteを始めてみようと思い、この記事を書いています。

□■お店情報
店名   工房 りすの家
住所   〒324-0613栃木県那須郡那珂川町馬頭365 益子肥料店
営業時間 土曜日・日曜日 13:00~16:00

次回はこちらです↓