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徳川美術館展 尾張徳川家の至宝 /サントリー美術館
名古屋の徳川美術館には、御三家・尾張徳川家伝来の大名道具が展示されている。東海屈指の規模を誇る古美術の有力館であり、注目の展示が多いことから、わたしはこれまでに幾度も来訪してきた。
旅先での鑑賞とは、えてして、記憶に深く刻まれやすいもの。それは日常から離れた特別な思い出に絡むからであり、なかなか出合えない作品という認識のもと、より集中して観ようとする作用が働くからでもあろう。
徳川美術館は常設展示室が充実しており、代表的な名品は、以上のようにして繰り返し拝見してきた。
だからであろうか、東京で開催されるこのたびの徳川美術館名品展に関しては、旧知の友に「よっ!久しぶり」と声をかけるような気軽な心持ちで、鑑賞に臨んだのであった。
展示は、上のフロアに武具・刀剣、茶道具、能道具、下のフロアに婚礼調度、香道具や楽器、染織ときて、館が誇る2つの国宝《源氏物語絵巻》《初音の調度》がトリを飾る構成。
この流れそのものが、徳川美術館の常設展示室とほぼ同じ順序をとっている。さすがに現地のように、茶室や御殿、能舞台の空間がそっくりそのままズドーンと再現されているわけではないが、大名家の「表道具」「奥道具」という「公/私」の大分類を意識した構成は同様なのである。
現地を訪ねたことのある人からすれば「ああ、こうだったな」と記憶が呼び覚まされるし、まだの方にとっては格好の予習、いずれ訪問してもらうきっかけづくりとできるわけだ。
これらテーマに沿って、館を象徴する著名な作品・資料が散りばめられるなかにあって、婚礼調度や香道具の充実ぶりがとりわけ目立った。
婚礼調度の白眉は、なんといっても国宝「初音の調度」。3代将軍家光の息女・千代姫が、尾張徳川家2代光友に嫁いだ際の嫁入り道具である。その一部《初音蒔絵旅眉作箱》(寛永16年〈1639〉)が、本展の「大トリ」。
他の姫君が持参した婚礼調度からもいくつか出品されており、その紹介に多くのスペースが充てられていたのは特徴的だと思った。てっきり「初音の調度」くらいだろうと予想していたから、意外だったのだ。
出品の香道具には、こういった婚礼調度の一部も含まれていたほか、志野や染付、堆朱に蒔絵など、さまざまな香合が集められたケースが楽しかったし、その手前の独立ケースに入っていた「千鳥香炉」こと《青磁香炉 銘 千鳥》(南宋時代・13世紀)も、やはり見もの。淡い水色の、澄みきった釉調が身上の大名物である。
昨年の出光美術館「青磁 世界を魅了したやきもの」展でも借用され、2年連続で上京を果たした人気者であるが、こういったメジャーなものとは逆に、これまで展示機会にあまり恵まれなかったであろう作品・資料も本展にはいくつかみられた。徳川家康所用の松明(正確には「家康が使用するはずだったが未使用のまま残された」松明)や箏・和琴の楽譜、近衛信尹の書《朗詠屛風》などがこれにあたろう。
むしろ、単なるダイジェストにとどまらないこういったチョイスにこそ、本展の見どころは潜んでいるといえるのかもしれない。
——いっぽうで、そんなある種「穿った」見方を、気持ちいいくらいに吹き飛ばしてくれた作品がある。この館の顔であるところの国宝《源氏物語絵巻》(平安時代・12世紀)。たおやかな枯淡の美と、そこに込められた深い情感を堪能した。
本作は長らく額装とされてきたが、近年の修復によって、再び巻子装に戻された。巻くことで密着・密閉させ、空気や光に晒される時間を最小限にとどめているのである。絵巻の状態で拝見するのは、今回が初めてだった。
狙ってのことかは不明ながら、ちょうど大河ドラマ『光る君へ』にも関係する本作。《柏木(三)》の図は、不義によって生まれた子・薫を抱く光源氏を描いた場面で、直近の放映内容と重複する部分が、なきにしもあらず……
この場面の公開は終わってしまっているけれど、本展の会期は9月1日までまだまだ続き、場面も切り替わっていく。
《源氏物語絵巻》は、名古屋の現地であっても、限られた期間しか拝見できない。この機会に、ぜひ。
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