ゆるりとめぐる、東博の総合文化展:2〈やきもの篇〉 /東京国立博物館
(承前)
東京国立博物館の本館には、外国人観光客の方々が大挙して詰めかけていた。イベントがあった、というわけでもないらしい。ともあれ、ようこそ日本美術の殿堂へ。
彼らは、仏像や刀剣の展示にはたいへん興味を示していたが、そのさらに奥の部屋に陳列されていた陶磁器の前で、足を止める人はあまりなく……やきもの好きとしては、少しばかり寂しい。
陶磁室でぞっこんだったのは、《彫唐津茶碗 銘 巌(いわお)》。
稀少な彫唐津のなかでも《銘 玄海》(九州陶磁文化館)とともに名碗に挙げられる作。×字に切られた豪快な彫り文、その深い溝に形成された釉薬のちぢれ・梅花皮(かいらぎ)が見どころである。
この碗を手に取れば、撫四方(なでよほう)のフォルム、×字の彫り文、梅花皮が、すべて触覚として認識されるわけである。これだけ変化に富んでいるから、いくら撫でまわしても飽きないことだろう。掌から離せずに、ずっと持っていたくなるはず。そうできた人が、心底うらやましい……
手取りのよさを示すように、かなり使い込まれたとみえる味のよい風合いとなっている。
安田靫彦旧蔵、広田不孤斎寄贈。茶碗そのものは、たまにこの陶磁室に出ていたが、靫彦の箱書は初めて観た。
——こうして書いていても感じるのだが、やきもの・茶道具の類には、とかく専門用語が多い。
それに「味」とやらも、人によっては「汚れ」としか受け取られないことがあるらしく、日本のやきものが外国人に……というか、日本人にも敬遠されがちな大きな理由のひとつとなっている。
その点、絵がついたもの、ことに色絵磁器などはまだ明快で、だいぶ入りやすい分野といえよう。
陶磁室のお隣・隅っこの部屋では特集「初期伊万里の粋—染付から初期色絵まで」が開催。
日本最初の磁器・初期伊万里には染付で瀟洒な文様が描かれているし、そこから発展して生み出された古九谷には、絵画的・意匠的にもすぐれた色絵の絵付がほどこされている。
初期伊万里からは、ぜひこちらを。
作品名では「虎」となっているが……よく見ると、なんと顔が龍!
胴体と尻尾の模様は、ヒョウのそれである。当時、トラのメスがヒョウと考えられていたからそこは許せるとして、この顔は、もう完全に龍である。どうしてこんなことに……
絵付けをした陶工は、トラも、ヒョウも、龍も、実際にその目で見たことはなかったはずだ。絵付師が朝鮮半島から渡ってきた人ならば、トラはかろうじて見られたのであろうが、もしそうならば、こんな珍妙な絵にはならない。
山鳥に竹、岩石、それに全体の遠近感や構図……どれをとっても、自由に描かれている。愛嬌を感じさせる、てらいのない筆遣いだ。
裏面を返すと小さな三脚(みつあし)がついており、この点は非常にめずらしい。
逸品にして珍品。
今回のメインビジュアルに起用された《黄釉染付草花文四方鉢》。なかなかに渋いチョイスだ。
初期伊万里には染付だけでなく、こういった黄釉や鉄釉、瑠璃釉などを効果的に使った懐石具にも、センスのよいものが多い。
会場で拝見して驚いたのは、その大きさ。
写真から、勝手に向付だと認識していたところ、口径21.3センチとかなり大きかった。よく見ると作品名は「鉢」となっている。この手の作には小品の組物が多いという背景こそあれど、思いこみとは恐ろしいものである。
こちらも珍品というべきもので、やはり特注品だろうか。
京博が所蔵する古九谷の名品《色絵花鳥図九角皿》が来ていた。
初期伊万里から、四半世紀やそこらでこの技術の向上、感覚の洗練がみられるのである。目の醒めるような、すばらしいデザイン感覚!
——このほかにも、東博の初期伊万里・古九谷を代表する名品が、さまざまなバリエーションとともに網羅されていた。
コンパクトながら、至福の展示空間であった。(つづく)