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「江戸名所図会」に描かれた江戸・江戸郊外の景観 /三康図書館
お江戸の名所旧蹟を網羅・集成したガイドブック『江戸名所図会』。江戸の町の活気や町人たちの暮らしぶりを、細緻な描写で現代に伝えている。
編者は、神田雉子町の名主を務めた斎藤家の親子3代、幸雄・幸孝・幸成(月岑)。40年をかけて編みあげられ、天保5~7年(1834~1836)に月岑によって全7巻・20冊が刊行された。類まれな大事業であった。
『江戸名所図会』は出版物や教科書、テレビでしばしば引用されるが、その大きな理由は、すぐれた挿絵にある。ケレン味や余分なデフォルメがなく、かといって無味乾燥に陥らず、当時の江戸のすがたが克明に捉えられている。
挿絵を担当した絵師・長谷川雪旦は、現地取材を重ねた。想像での間に合わせなどないことは、ページをめくっているだけでも充分に伝わってくるけれど、それにしても斎藤父子、そして雪旦の情熱というか執念は恐るべしである。
そんな雪旦による『江戸名所図会』の下絵が現存することじたい、不勉強ながらまったく知らなかった。所蔵する私設図書館「三康図書館」でその関連展示があると聞き、うかがった。
「ミニ展示」と銘打つとおりの、覗きケース2つ分の小さな展示。2巻分の下絵の一部と版本(やそのパネル)が並置されていた。
下絵の生々しさには、目をみはった。どの下絵も密度が高く、みっしりと混み合った画面になっている。
版本では彫師が拾いやすいよう、線が整理されている。その線が確定される以前の模索段階の痕跡が、下絵からはよくうかがえたのであった。
最終的に見開きで構成することを考慮して、枠線がつけられた下絵。これは、版本でも忠実に踏襲。
母におぶわれ、手を振る子ども。その片手が、マンガ表現のように2本描かれる下絵(下のリンク先画像、中央下)。版本では1本だけになっている。どちらがよりよいか、下絵を使って検討したのであろう。
文字の書き入れは、版本にはみられないものだ。スケッチ時に補足的な情報を備忘としてメモしておき、版下絵に起こすときに参考にしたのだろう。
単に姿・形を写すのみならず、いかなるものを描くのかをわかったうえで、筆を入れる。雪旦の実直な制作姿勢によって、『江戸名所図会』の克明性が担保されていたことが納得されたのであった。
——膨大な下絵を5巻の巻子装に仕立てたのは、河鍋暁斎。うち3巻は建築家ジョサイア・コンドルに進呈したことが、本作の箱書から知られる。
この3巻分は、現在は行方知れずだ。コンドルは日本で亡くなっているから、案外まだ国内にあるのかもしれない。いつかひょっこり、現れやしないだろうか。
そんな期待も湧いてくる、「ピリリと辛い」展示であった。
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※三康図書館のサイト。本展リーフレットはこちら。
※『江戸名所図会』の閲覧に便利なサイト。こりゃすごい。