令和6年 新指定 国宝・重要文化財:2 /東京国立博物館
(承前)
土佐光茂《日吉山王・祇園祭礼図屏風》(室町時代・16世紀 サントリー美術館)。右隻に近江の日吉大社、左隻に京・祇園社の祭礼を描く。極密な描写を、現地での記憶を思い返しながら拝見。
上のツイートにもあるように、次回の展示は未定。つまり、現在開催中の「サントリー美術館コレクション展 名品ときたま迷品」での続投はない。少しだけ期待したが、この屏風すら名品展からあぶれてしまうサントリーの充実ぶり、やはりすごい。
近年評価が高まりつつある江戸蒔絵からは、飯塚桃葉《百草蒔絵薬簞笥》(明和8年〈1771〉 根津美術館)が重文に加わった。100種類もの草・虫が描き込まれる細密表現に目をみはった。しかし、細密ぶりそのものよりも、それを品よくまとめあげているあたりに大きな魅力のある作。
所蔵する根津美術館では、秋に特別展「百草蒔絵薬箪笥と飯塚桃葉」を控えている。江戸蒔絵・本草学というホットな分野が交差する、期待の展示である。
このように、東京の大規模館に所蔵され、お蔵の深さゆえ頻繁に観られるわけではない作品を、本展では特別に拝見できた。そのいっぽうで、地域に根ざし、地域のなかで守り継がれてきた品々も数多く展示されていた。
千葉県市川市にある日蓮宗の大本山・中山法華経寺に伝わる文書(鎌倉~明治時代・13~19世紀 法華経寺)が、重文に新指定。
なにを隠そう、筆者は2年前までこの門前町に居住していた。日蓮直筆の《観心本尊抄》《立正安国論》は早くに国宝指定を受けていたけれど、そのさらに周辺の文書にも光が当たったことは、地域の人びとが法華経寺に心を寄せるさまを知る身としては感慨深い。
同じく千葉県内、成田空港近くにある芝山古墳群の遺物も、一括で重文指定。
殿塚古墳・姫塚古墳からの出土品(古墳時代・6世紀 観音教寺)で、多種多様にして多量の埴輪が、芝山町立芝山古墳・はにわ博物館にて公開されている。
考古遺物は散逸してしまうケースが少なくないが、ここ芝山では重要性が認識され、現地にとどめおかれて、全国有数の埴輪の殿堂が誕生したのであった。
早咲きの「河津桜」で知られる静岡県河津町の谷津地区には、古代の木彫仏24体を展示する「伊豆ならんだの里 河津平安の仏像展示館」がある。かつてこの地に存在した大寺・南禅寺(なぜんじ)伝来の仏像群で、こちらも一括で重文となる。
本展では《薬師如来坐像》《十一面観音立像》《二天王立像》が出品。このうち、のっぺりとしたふしぎな面貌の《十一面観音立像》(下の映像中央)は、制作年代を平安から奈良へ、従来よりも時代を上げての指定となった。
琉球王国の《金銅雲龍文簪(かんざし)》(第二尚氏時代・16~17世紀 沖縄県立博物館・美術館)。
簪といっても、全長は27センチ! 初見では、とても髪飾りとは思えない。
かといって伊達や酔狂の産物ではなく、最高位の巫女が身につけた、信仰から生まれた造形であるという。
鏨(たがね)による彫りはきわめて深く、堆朱・堆黒など彫漆の彫りようを思わせるほど立体的。同時代の内地の工芸よりも、中国工芸に近そうだ。
琉球の美術といえば、アメリカから《御後絵(おごえ)》が発見・返還されたニュースが記憶に新しい。こちらは修復を経て重文、さらには国宝になる日がやってくるだろう。
——「令和6年 新指定 国宝・重要文化財」を銘打つ本展に、じつは、新指定でも追加指定でもない作品が、1点だけ紛れこんでいた。
「令和5年度新購入品」である。
文化庁では、海外流出を防ぐなどの目的で、とくにすぐれた美術品の買い上げを随時おこなっている。こうして購入された作品は、海外交流展、国立博物館での展示や他館への貸し出しに活用される。
ずっと個人蔵だった作品が、あるときから所蔵先が「国(文化庁)」になっている……なんてことが、たまにある。曾我蕭白の《群仙図屏風》(重文)もそうだ。
本展に紛れこんでいた「令和5年度新購入品」とは《鍋島色絵岩牡丹文大皿》(江戸時代・17~18世紀 重文)。
キャプションより先に作品を観て、すぐに、北関東の某美術館の看板作品ではと思われた。とっくの昔に重文になっていたはずなのに、いまさらなぜここに……?
鍋島ゆえ同手品の線もなくはないが、キャプションをみるとたしかに「重文」とある。重文指定品の鍋島は、数えるほどしかない。おそらく、あれそのものだ。
なのに「令和5年度新購入品」「国(文化庁)」とあり、某美術館の名前はない。
ということは……?
——なんだか世知辛いけれど、文化庁がセーフティ・ネットの役割を確かに果たしていることがよく感じられた。
それに、館蔵品の再評価と整理は、欧米の美術館ではむしろ一般的。わが国でも根津美術館や藤田美術館、川村記念美術館など、わずかながら成功例はある。
ひとついえるのは、美術品もまた、人と同じく「一期一会」だということか。ガラスケース越しとはいえ、目の前にあるのは、けっして当たり前ではない。
この出逢い、大切にしなければ……