空想の宙「静寂を叩く」 大乗寺十三室 | 十文字美信 /資生堂ギャラリー
日本海に面する、兵庫県香美町。ここには、円山応挙とその一門が描いた障壁画をまるごと今に伝える寺がある。「応挙寺」こと大乗寺だ。
筆者は、昨年2月に訪問。遠路はるばる向かったのは、いつも収蔵庫で保存されている襖絵が、13年ぶりに本来の堂内へ戻され、3月まで期間を限って公開されていたからだった。応挙らによる空間美をありがたく、じっくりと堪能させてもらった。
このとき、襖絵が一時的に戻されていた第一の目的は、じつは「公開」ではなく、「記録」のほうにあった。高精細のデジタルデータに残すための撮影がおこなわれたのである。筆者は、そのおこぼれにあずかったわけだ。
1年後の今年3月29日には、撮影の成果を反映したA3判の豪華本『大乗寺十三室 十文字美信』が小学館より刊行。
資生堂ギャラリーで開催中の本展は、この本の内容をもとに構成されている。
……とはいっても、そこは個展らしく「十文字ワールド」全開で、インスタレーションを含むなど、写真展の枠を超えた内容となっていた。
階下の最も大きな展示室には、応挙による「孔雀の間」の襖絵が、原寸よりも1.5倍ほど大きく投影されていた。
しかし、なにか様子がおかしい……
下の画像をじっと見ていただければ、その理由がおわかりになるだろうか……?
——顔。
大きな顔が、浮かび上がってくる!
画像が投影されているだけかと思いきや、じつはプロジェクションマッピングであり、ごーんという鐘の音の残響が消えゆくごとに、顔がはっきりと認識できるようになっていくのであった。
この襖を開けると仏間が続いており、本尊・十一面観音が鎮座ましましている。仏法において、孔雀は煩悩を喰い尽くすとされる重要な存在だ。
閉ざされた扉の向こう側を観想し、応挙の意図した仏教世界の像を、襖絵の金地の上に結ぶ……それこそが、演出のねらいなのだ。
ともすれば、絢爛たる障壁画にばかり気をとられてしまいがちだが、中心にいるのは仏であり、本来は仏を囲むために生み出された空間であるということを、このインスタレーションは思い出させてくれる。
孔雀と向かい合う壁には、蘆雪による猿の図。大乗寺客殿の2階、9面分の襖を使って描かれる《群猿図》の部分拡大図で、原図はかなり小さい。
にもかかわらず、ここまで引き延ばしても、いたって鮮明だ。さすがは最新鋭、1億画素のカメラ。伊達じゃない……
最後に、奥まったスペースの3面分を使って、大乗寺客殿の各部屋を写したカットを間断なく連続。ぐるり見わたすと、ラビリンスに迷いこんだかのようだった。
——本展を拝見すれば、必ず大乗寺に行きたくなる。筆者のようにすでに行ったことがあっても、未踏であっても同様だ。
されど、大乗寺は遠い。
ならば、新刊の豪華本『大乗寺十三室 十文字美信』はどうか。
お値段、定価69,300円也。ううむ。図書館にリクエストしてみようか……
本展を機に、さらなる鑑賞体験へと進んでいくのも乙であろう。
10月20日まで。
※昨年2月の大乗寺訪問レポート。
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