妖精たちのお引っ越し
引っ越しは楽し?
小学校の頃、なんとなく転校生が羨ましかった記憶があります。
それはちょっと特別な存在という気もしましたし、なにより知らないと地から来た。知らない土地を知っているというのが羨ましかったんですね。
小学生の知っている世界は学校と家のご近所くらいのものですから、県外から来た、知らない街を知っているというのはとても憧れがありました。
ですから大人になって、自由に住むところを選べるようになってからは、引っ越しは準備のことさえ考えなければ楽しいなぁと思うようになりました。
旅に生きる?
そういう思いもあってか、昔から旅の空が住処だとか、旅に生きるなんて言葉にもワクワクしました。ジプシーや旅芸人、なにより吟遊詩人に憧れたのも、こういう遠因があったからかも知れません。
そうは言っても大人になると色んな柵や、それこそ持ち物が増えて、おいそれと引っ越せなかったりするのですが、時々注目が集まるアドレスホッパーさんたちを見ては、そんな昔の憧れが再燃しそうになったりします。
「となると、現実的には二拠点生活とか、別宅があるとかが現実的かしらん」なんて金銭的なハードルを忘れた妄想に耽ってみたり。あはは。
妖精たちもの家事情
妖精たちの住処は妖精砦(※)の中や、妖精塚(※)の地下とされています。
これは物理的な場所というよりも、一種の異界で、砦や塚の中に地下へ通じる階段があったて、そこから彼らの居城に辿り着けます。お話によっては塚がせり上がり、下から巨大な神殿や城が出てくるなんていう宝塚の大仕掛けか? と言わんばかりのものまであったりも。
水晶と黄金、そしてダイアモンドで飾られた居城には、山海の珍味、そしてこの世一切の富が集められていて、なに不自由ない暮らしが終わることなく続いています。
(もちろん、それはただのまやかしで、実際はジメジメとした地下世界でしかないとも語られていますが、さてはて)
妖精たちのお引っ越し
そんな素敵な居城をもっている彼らですが、なんと引っ越しをするのです。しかも行く先は、別の居城。しかも国中に散らばっている居城に。
憧れの二拠点生活ならぬ多拠点生活なのです!
ハロウィンの時にも書きましたが、彼らは時折、騎馬行列で遊行します。それは単純に僕たち人と同じ散歩のようなものであったり、自らの領地を見回りに行ったりなど様々ですが、その多くが居城を変える為なのです。
彼らは領地にたくさんの居城を持っていて、定期的に移り住みます。
その移動日が、ちょうどハロウィンや夏至という季節の変わり目に当たっているんですね。
そんな彼らの騎馬移動は、見るものすべてを魅了するほど美しく、また荘厳なのですが、出会ってしまった人の中には、連れ去られてしまうこともありました。彼らは、金髪やうら若い乙女、麗しい騎士が大変好みで、まるで野の花を摘むように、彼らを拐かし、飽きるまで傍に置いておこうとするのです。もちろん、彼らのそういう行動は珍しい小鳥を檻に閉じ込めておこうとするようなもので、決して人間的な愛ではないのです。
連れ戻す日もまたお引っ越しの日
連れ去られた人は、二度と帰ってこられないのが常でしたが、中には自ら彼らの目を盗み、助けて欲しいと家族の元にやって来る人もいました。
戻ってきたから、そのまま居続ければ良いのにと思われるかも知れませんが、その状態は言わば幽霊のような状態で、影が助けを求めに来ているだけで、本(実)体は妖精たちの元に留め置かれているのです。
被害者たちは、一様にこう言います
「ハロウィンの夜。妖精たちは別の砦へ移動する。その時、村はずれの十字路を通るから、その時、私を彼らの乗る馬から引きずり下ろして欲しい」
もちろんこのハロウィンという時期は夏至などの祝祭日にすげ替え可能ですし、十字路も、村はずれの果樹園などに移り変わります。
ですが、どれも陰と陽、ハレとケ、彼岸と此岸の入り混じる場所というのが大事なのです。
多くの場合は、この奪還作戦は失敗し、本当に二度とこちら側に戻ってこられません。中には、引きずり下ろしたけれど、片足が鐙に引っかかり、未遂に終わったなんて苦いお話も伝わっています。
祝福は呪い?
彼らに魅入られると言うことは、ある意味で尽きることない享楽を永遠に味わうと言うことです。寿命もなくなり、老いることも病むこともありません。けれど二度と愛した人の手を握ることも、太陽の温かさも味わうことは出来ないのです。それは妖精たちの住む世界が、生者の世界と死者の世界の中間に属しているからだとも言われていますが、どちらにせよ、人の世界には帰れないのです。
そして神社として祀られている場所が、実は古くは古戦場だったなど忌み地である事が少なくないように、今では祝祭日とされている日が、実は死と深く関係していたりします。
伝統的な妖精譚に触れる時、少なからず死の香りを感じるのは、そういう所にも理由があるのかも知れません。
彼らが祝祭日に引っ越しする理由
これは亭主の憶測なのですが、妖精たちが祝祭日の夜に遊行する、引っ越しをするのは、とりもなおさずそう言う時間に、此方と彼方が繋がるからなのですが、同時に彼らが、古い暦を使っている、またそれに支配されているからなのではないかと思います。
妖精は土地や国の現し身であり精霊(ひいては土地神)としての面があり、その土地の自然に寄り添って存在しています。
夏至に陽の光が長くなり、冬至には太陽の光は最も弱くなる。7月末には収穫が始まり、ハロウィンには終わる。そう言った永劫と続くサイクルに則って活動している彼らは、その端境の日には必ず居を移さなくてはなら無いのではないだろうか、と。それはもののけ姫に出てくるシシガミがデイダラボッチに姿を変え、それは必ずシシガミの森のあの泉で行わなければならないという決まりと同じではないのかな、と。
狐弾亭の1冊
アイルランドに散らばる様々な民話を集めた1冊。
土地の人が語ったものをそのまま書き起こしたものから、イエイツやクラフトンクローカーなどの著名な採集家が再話したお話も一気に読めます。
死者の話、聖人譚、妖精譚などカテゴリーに分けられていて、読みたい民話をすぐに見つけられるのも便利。
今日の記事で触れた奪還作戦が失敗したお話も掲載されています。
狐弾亭のブックカフェでもご用意しますので、開店、お立ち寄りの際には是非。
狐弾亭亭主🦊高畑吉男
※妖精砦、妖精塚
アイルランドを初めとする西欧に散らばる先史時代の遺跡。日本でいう古墳や古城跡に相当する。伝統的に妖精たちの領域とされ、出来るだけ手を出さないように忌避された。そのタブーを破ると彼らから呪われると語り継がれてきた。今でもアイルランドの地方に行くと、それらの遺跡を間近で見ることが出来る。
リンクは亭主がフィールドワークの折に撮りためた妖精砦の写真と現地で採話したお話を組み合わせた小さな写真集。狐弾亭でも販売しております。
お知らせ
いよいよ狐弾亭がオープンします!
それに併せて様々なイベントや一箱本主などが開始します。
詳しくはこちらをご笑覧ください。よろしくお願いします!