はじめに
本記事では,次の2点についての事実を整理する。
(※今回は事実を整理するだけで解釈しませんので,「見方・考え方」についての基礎資料としてお使いいただければ幸いです)
平成29年・30年告示学習指導要領(以下CS)で強調されている「見方・考え方」は,CS改訂の議論においてどのように登場し,実際どのように議論され,本CSに反映されるに至ったのか。
特に,「数学的な見方・考え方」はどのように議論されたのか。
事実整理のために参照するのは,あくまで文部科学省のWebサイトで公開されている,中央教育審議会の関係部会等における資料及び議事録である。具体的には,以下の会議における議事録を対象とする。
育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容と評価の在り方に関する検討会の論点整理(平成26(2014)年3月31日)
教育課程企画特別部会における論点整理(平成27(2015)年8月26日)
教育課程部会 総則・評価特別部会(平成27(2015)年11月~平成28(2016)年7月)
教育課程部会 算数・数学ワーキングループ(平成27(2015)年12月~平成28(2016)年5月)
教育課程部会「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめについて(報告)」(平成28(2016)年8月26日)
中央教育審議会答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」(平成28(2016)年12月21日)
高等学校学習指導要領(平成30年告示)学習指導要領(平成30(2018)年3月30日)
平成29年・30年告示CSの改訂議論は,平成26(2014)年11月20日の大臣諮問「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(諮問)」から始まり,主に上記2から6までを辿ることになる。ただし,大臣諮問より前に,「教育課程と学習評価を一体的に捉え、その改善に向けての基礎的な資料等を得る」ことを目的とした,上記1の「育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容と評価の在り方に関する検討会」が開かれている。これは改訂議論のための基礎資料を与え,そこで「見方・考え方」が登場していることから,これも事実整理の対象とする。
(以下,「見方・考え方」の特に全体的な議論に興味がおありの方は4節以外を参考に,「数学的な見方・考え方」の議論に興味がおありの方は4節含めてご覧ください)
1節 育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容と評価の在り方に関する検討会における「見方・考え方」
本検討会は,「…育成すべき資質・能力の構造を明らかにした上で、それを実現するための具体的な教育目標、指導内容などの教育課程と学習評価を一体的に捉え、その改善に向けての基礎的な資料等を得るための情報収集・意見交換等を行う」ことを趣旨として,平成20年告示の小学校・中学校CSが中学校で全面実施となった平成24(2012)年の12月に始まり,平成26(2014)年3月までに13回開催された。
その議論の集約としての「論点整理」は平成26(2014)年3月31日に出されるが,そこに次の一節がある(p.21)。
学習指導要領における教育目標・内容を構造的に整理する視点の候補として上記のアイウが挙げられ,イの「教科等の本質に関わるもの」の具体例として「その教科ならではのものの見方・考え方」が登場している。この時点で言及されている「見方・考え方」は,育成すべき資質・能力のうち「教科等の本質に関わるもの」としての「その教科ならではのものの見方・考え方」であったことになる。
2節 教育課程企画特別部会の論点整理における「見方・考え方」
上記検討会は論点整理が出されたのちに解散となり,先述の通り平成26(2014)年11月20日に大臣から「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(諮問)」があって,CS改訂作業がスタートする。その後,平成27(2015)年1月29回を初回として26回にわたって行われたのが教育課程企画特別部会である。本部会は「各学校種又は各教科・科目ごとの改訂の方向性に関する検討に先立ち、新しい時代にふさわしい学習指導要領等の基本的な考え方や、教科・科目等の在り方、学習・指導方法及び評価方法の在り方等に関する基本的な方向性を検討する」趣旨として特別に設置された部会であり,14回の議論の後,論点整理を平成27(2015)年8月26日に出す。そしてこれを受けて各部会・ワーキンググループの議論が始まることになる。したがってここでは論点整理を確認する。
といっても本論点整理では,育成すべき資質・能力を,
「何を知っているか、何ができるか(個別の知識・技能)」
「知っていること・できることをどう使うか(思考力・判断力・表現力等)」
「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか(学びに向かう力、人間性等)」
という「三つの柱」で整理することが打ち出され(先の検討会のアイウの構造は採らなかったということでもある),それを「教科等の本質的意義」に立ち返って検討する必要があるとされた一方で,「見方・考え方」への一般的な言及はされていない。「見方・考え方」や「見方や考え方」といった文言は社会・理科・情報などの教科の項で出てくるのみとなっている。
ただし,補足資料のp.110で「仮案・調整中」ながら「学習指導要領等の構造化のイメージ」が示されており,そこでは「教科等の本質に根ざした見方や考え方等」が「思考力・判断力・表現力等」に位置付けられている。
つまりこの時点での「見方・考え方」は,論点整理では直接的に言及されておらず,「仮案・調整中」であるものの,「教科等の本質に根ざした見方や考え方」として,三つの柱のうち「思考力・判断力・表現力等」に位置付けられていた。
なお,この後に影響する内容として,この論点整理では,「アクティブ・ラーニング」の意義が,「指導法を一定の型にはめ、教育の質の改善のための取組が、狭い意味での授業の方法や技術の改善に終始するのではないかといった懸念」や「指導方法の普段の見直し」とともに記されていることがある(p.17)。このときはまだ「主体的・対話的で深い学び」とは表現されていない。
3節 総則・評価特別部会から算数・数学ワーキンググループへと伝えられる「見方・考え方」
上記の論点整理を受けて始まった教育課程部会 算数・数学ワーキンググループ(以下,算数・数学WG)では,平成27(2015)年12月17日の第1回から平成28(2016)年5月24日の第8回まで議論が行われた。平成28(2016)年2月15日の第3回までは,図2の枠組みで算数・数学科において育成すべき資質・能力が議論されている。先述の通り「教科等の本質に根ざした見方や考え方」は思考力・判断力・表現力等に位置付けられている(図3)。
ところが,平成28(2016)年3月11日第4回および平成28(2016)年4月18日の第5回において状況が変わる。これは,学習指導要領等全体及び総則の構造を一つの検討課題としていた教育課程部会 総則・評価特別部会から他の部会・WGに「見方や考え方」(この時点ではまだ「見方や考え方」)に関する文書が出されたことによる。
総則・評価特別部会の第5回(平成28(2016)年2月24日)において,「アクティブ・ラーニングの視点と資質・能力の関係性について(整理イメージ案・たたき台)」という資料(資料2-1)が事務局から出されている。そこでは,
という指摘のもと,
とした上で,以下の整理がなされている。
つまり,総則・評価部会の第5回において,現「見方・考え方」の原型となる「見方や考え方」が(おそらく初)登場した。この時点で,「見方や考え方」は教科等ならではの視点や思考の枠組みと考えられるとされ,資質・能力の三つの柱に関係すること,「深い学び」は子供たちが「見方や考え方」を働かせてそれを成長させていけるような学びであるという位置づけがなされている。
そして,この議論が算数・数学ワーキンググループに共有されるのが,平成28(2016)年3月11日第4回および平成28(2016)年4月18日の第5回である。第4回は統計教育の改善が主たる議題であったため「見方・考え方」は議論されないが,第5回において,「総則・評価特別部会における現在までの議論」として,「アクティブ・ラーニングの視点と資質・能力の育成との関係について-特に「深い学び」を実現する観点から-」という資料(資料2)と,「算数・数学における見方や考え方(案)」(資料4)が事務局から提出され,「数学的な見方や考え方」が議論されることになる。
この資料2は,上に記した評価・総則部会の第5回での議論を受けて第6回に提出されているもので,それが各WGに伝えられたことになる。この資料2では,上記の評価・総則部会の第5回資料2-1から論点が整理され,表現がいくらか変わっているので,以下にそれらを記しておく。
4節 算数・数学ワーキングループにおける「数学的な見方・考え方」の議論
平成28(2016)年4月18日の算数・数学WG第5回において事務局から提出される「算数・数学における見方や考え方(案)」(資料4)は次の通りである。
これをたたき台として,算数・数学WG第5回では,次のような意見が出される(この回の議事録より,以下全て強調は筆者)。
この時点ではまだ「見方・考え方」ではなく「見方や考え方」であるため混乱しやすいが,事務局→評価・総則特別部会→各WGに伝えられた「見方や考え方」に基づく「数学的な見方や考え方」と,これまでの算数・数学教育において独自の位置づけがなされていた「数学的な考え方」あるいは「数学的な見方や考え方」の違いが話題にされている。
上記の第5回の議論を受け,平成28(2016)年5月13日の第6回では,「数学的な見方や考え方」の案が次のように変わり(赤字),それに対して以下のような意見が出される(議事録より)。
算数・数学WGの平成28(2016)年4月18日の第5回から平成28(2016)年5月13日の第6回の間に,現行のように「~見方・考え方を働かせ」という言葉遣いが共通することとなった。といっても実際には見方や考え方」と表記されており,まだ現「見方・考え方」にはなっていない。
ちなみに第6回の資料7の2ページ以降では,これまでの算数・数学の目標における「数学的な考え方」や「数学的な見方や考え方」の位置づけがまとめられている。
同日に開催された第7回では現行の「数学的な見方・考え方」につながる議論はない。
平成28(2016)年5月24日に開かれた最後の第8回での資料3「算数・数学ワーキンググループにおけるこれまでの議論のとりまとめ(案)」では「数学的な見方・考え方」が次のように示される。この第8回時点にて初めて,”「見方・考え方」”と鍵括弧付きで使われ,「数学的な見方・考え方」(「数学的な見方や考え方」ではない)と明確に表記されている。
この案に対しては次のような意見が出される(議事録より,強調は筆者)。
以上のようにして,算数・数学WGでは,「数学的な見方・考え方」が,従来の「数学的な考え方」や「数学的な見方や考え方」とは異なる新たな位置づけとして整理された。この異なる位置づけとは,従来の「数学的な考え方」や「数学的な見方や考え方」は三つの柱のうち「思考力,判断力,表現力等」に位置づいていたが,「数学的な見方・考え方」は,三つの柱すべてに働くとされたことである。「数学的な見方・考え方」は,最終的には次のように整理された(平成28(2016)年8月26日算数・数学ワーキンググループにおける審議の取りまとめ )。
5節 教育課程部会における審議のまとめと中教審答申における「見方・考え方」
平成28(2016)年8月26日に,各部会やWGの議論を受けて,教育課程部会から「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめについて(報告)」が出される。また平成28(2016)年12月21日には「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」が出される。この答申が,CS改訂の全体的な議論としては最終的なまとめとなる。教育課程部会の審議まとめから答申では,「見方・考え方」の説明も変わっている。以下に両方での説明を比較して記述しておく。
最終的に,「見方・考え方」とは,「教科の特質に応じた物事を捉える視点や考え方」(どのような視点で物事を捉え,どのような考え方で思考していくのか)とされる。
また,資質・能力との関係については,教育課程部会の審議まとめでは「資質・能力が,学習や生活の場面で活用されている」のが「見方・考え方」であり,「資質・能力を,具体的な課題について考えたり探究したりする際に必要な手段として捉えたもの」とされていた。しかし答申では,「思考や探究に必要な道具や手段として資質・能力の三つの柱が活用・発揮され,その過程で鍛えられていく」のが「見方・考え方」であるとされている。前者では,資質・能力が思考や探究の手段となるときにその手段を「見方・考え方」としていたが,後者では,資質・能力が思考や探究の手段として活用される過程で「見方・考え方」が鍛えられていくという説明になっている。
6節 高等学校学習指導要領及びその解説における「見方・考え方」と「数学的な見方・考え方」
最後に,「見方・考え方」が学習指導要領においてどう記述されたのかを,高等学校学習指導要領に焦点をあてて確認しておく。
総則において「見方・考え方」が登場するのは以下においてである。
この「見方・考え方」について,解説では次のように書かれている。
また,【数学編 理数編】高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説では,まず「改訂の経緯の要点」において次のように「数学的な見方・考え方」の説明がなされる。
実際,高等学校数学科の目標は次のとおりである。
解説では次のように説明されている。長くなるが,これが高等学校数学科における「数学的な見方・考え方」の最終的な説明となるので,以下の通り引用しておく。
長い引用になったので要点だけ箇条書きでまとめておく。
「数学的な見方・考え方」は,数学の学習において,どのような視点で物事を捉え,どのような考え方で思考を進めるのかという,事象の特徴や本質を捉える視点,思考の進め方や方向性を意味する。
「数学的な見方・考え方」は,数学的に考える資質・能力の三つの柱である「知識及び技能」,「思考力,判断力,表現力等」及び「学びに向かう力,人間性等」の全ての育成に働くものと考えられる。
「数学的な見方」は,「事象を数量や図形及びそれらの関係についての概念等に着目してその特徴や本質を捉えること」であると考えられる。また,「数学的な考え方」は,「目的に応じて数,式,図,表,グラフ等を活用しつつ,論理的に考え,問題解決の過程を振り返るなどして既習の知識及び技能を関連付けながら,統合的・発展的に考えたり,体系的に考えたりすること」であると考えられる。以上のことから,「数学的な見方・考え方」は,「事象を,数量や図形及びそれらの関係などに着目して捉え,論理的,統合的・発展的,体系的に考えること」として整理することができる。
「数学的な見方・考え方」は,数学的に考える資質・能力を支え,方向付けるものであり,数学の学習が創造的に行われるために欠かせないものである。
他教科等の学習などを通して,数学的な見方・考え方は更に豊かなものになることに留意することも大切である。
おわりに
今回は,あくまで,公開されている中央教育審議会の関係部会等における資料及び議事録を対象に,「見方・考え方」について事実を整理した。
次は,こうした「見方・考え方」に対する,各識者の見解を整理する予定である。