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『おふくろが呆けました』〜④ショートステイの体験

2015年12月の初めての転倒事故の後、これからの事を考えるとひとりの生活は難しいとは思い、今後についてはケアマネージャーとどんな方法があるのかは相談していました。

そんなある日、おふくろに会いに行くたびに「一人はさみしくてね」「日が暮れて夜になると特に寂しくて」などと話すようになりました。私が一緒に生活を共にすればおふくろにとっても一番の喜びなのでしょうが私にも仕事があり、なによりもこの家には私が生活をするスペースがありません。それでもその後「でも大丈夫だから心配しないでいいよ」「子供たちに迷惑はかけたくないし」おふくろなりに気を使っていたのでしょう。

そんな話もケアマネージャーにすると「ショートステイはどうでしょうか、同じような年齢の方と数日間お泊りをします。その間の食事や入浴、何よりも見守りがあるのでご家族も安心ではないでしょうか」と。

早速おふくろに話をし、気分転換を兼ねて一度宿泊をしてはどうだろうとかと提案をすると「一度行ってみようかね」という返答があり、すぐにケアマネージャーと具体的なショートステイ先の検討に入りました。立地場所や空き状況を考え、ある施設に決定。

施設から来た担当者との打ち合わせを済ませ、とりあえず3日間のショートステイをお願いしました。実はこのショートステイには今後を考え施設入所になった場合を想定して家から外に出る経験の場になればという思惑もありました。

家から出て、見知らぬ人たちと宿泊をすることがあまり好きではないおふくろの様子も気になり、仕事帰りに面会に行くと入所者とも仲良く話を楽しむ様子も見られ、本人も特に嫌な様子もなく生活している事に安堵の気持ちで面会後は施設から帰ってくることが出来ました。

最終日に車で迎えに行くと入所している方や施設の職員に丁寧なあいさつをして施設を後にしたのです。自宅に戻り様子を聞くと何から何までやってくれて助かったけどあれだけやってもらうと自分でやることが無くなり少し手持無沙汰かな等と話してはいるものの行きたくないという感じではありませんでした。この施設にはその後もたびたび利用させていただき「お母様ならいつでも来てください」と言われたようでおふくろも行く事を楽しみにしている様子も見られたものです。

真夏の猛暑が連日続く時には熱中症が心配で宿泊をお願いしたり、真冬の寒い季節はストーブの取り扱いが心配なこともあり宿泊をお願いしたり、私が数週間出かけるときにも宿泊をお願いするなど本当にいろいろな場面で助けていただいたものです。

しかしこの施設での宿泊でも問題を起こしてしまうのです。

2019年8月、例年のように猛暑が続き熱中症を心配して施設の宿泊をお願いしました。おふくろも例年の事なのでいつものように荷物を用意して当日を待っていたのですが。

実はこの頃にはほとんど自分では荷物の用意をすることが出来なくなっていました。前日に私が用意をしても翌日に行ってみると鞄の中が変わっていることがあり出発直前に詰め直しという事も何度かありました。

「明日からショートステイだからね」と伝えているにも関わらず、すっかり忘れているのです。

朝、見送りにおふくろの家に行くと普段通りの生活をしています。「これからショートステイに行くんだよ」と伝えると分かっているような素振りを見せ、その場を取り繕っている様子も見られたものです。

そんな中、宿泊3日目に施設から私の携帯に「お母様の事でお話があるので一度来てもらえますか」と電話がありました。

何事かと思い施設に出向くと「お母さまが家に帰してくれ、何で家に帰してくれないんだ、私を拉致しているのか」などと職員に暴言を吐いて困っているというのです。「えっ!、おふくろがそんな言葉を使うなんて」驚きでした。そんなことを言うおふくろでは絶対になかったのに、何故。

この時はもう今いる施設がどこなのかも分からなくなっていたのでしょう。そして顔見知りの職員も忘れてしまったのか、知らない人の中での生活でおふくろの心の中は不安でいっぱいだったのだと思います。

職員が部屋からおふくろを連れて来てくれたのですが今まで見たことのないような険しい顔つきに驚きました。おふくろは私に気が付くと一瞬表情が穏やかになり「何故自分はここにいるんだ、家に帰りたい、帰しておくれ」と訴えるのです。

その態度にも言葉にも驚きましたが今から思うとこの段階から「帰りたい、ここにいたくない、一緒に連れて帰っておくれ、一人でもちゃんとやっていけるから、みんなに迷惑はかけないよ」などと本格的に言うようになったのです。

この時は猛暑の毎日で熱中症が心配という事、来週の日曜日には迎えに行くという事を伝え、どうにか納得をさせて施設を後にしました。おふくろのこの態度に施設の職員も驚いていました。あれだけ温厚なお母様が一体どうしたのか。職員の中では確実に認知症が進んでいることが分かっていたのだと思います。今まで何度も利用させていただいている施設、職員も入所者も顔なじみの方がたくさんいる中で少し安心していたのですが自分の家から施設の部屋という環境の変化に大きな戸惑いを感じてしまったのでしょう。この日の出来事は一気に認知症が進行した分岐点となったと思います。

この後退所ということで自宅に戻るのですが時々自分の家にいることが分からなくなっていることが見られるようになりました。

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