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【読了】下村実『水族館飼育係だけが見られる世界』

  大人になると、「あの仕事をしてみたかったな」とか「あの仕事を選んでいたら、自分の人生はどうなっていただろうか」と思いを巡らせることもあるのではないでしょうか。少なくとも私は何度もあって、とくに生き物の飼育係という仕事には今でも憧れを抱いています。

 今回はそうした私の思いや憧れに沿ってくれた書籍、『 水族館飼育係だけが見られる世界 』を紹介します。生き物が好きな人や飼育係という仕事に関心がある人、純粋に水族館が好きな人だけでなく、仕事について考えてみたいティーンエイジャーにもおすすしたい1冊です。

下村実『水族館飼育係だけが見られる世界』ナツメ社 2024年刊行 全239ページ

巨大ザメ運搬秘話など
仰天エピソードが満載

 本書は海遊館をはじめさまざまな水族館の立ち上げに関わってきたベテラン飼育係・下村実さんの、生き物たちとの濃厚なエピソードを語った1冊です。序章から4章までの全5章構成で、生き物と触れ合って育ってきた幼少時代から海遊館での話、海洋生物研究所での話、京都水族館での話、四国水族館の話と、下村さんの歩みに沿って進んでいきます。

 そのエピソードひとつひとつがとにかく驚愕! 5mもの大きさを誇るジンベイザメをどうやって捕まえ運搬するのか、反対に世界最小の魚をどうやってみつけて捕獲するのか、夏の大雨の夜に現れるツチノコの正体を暴いてほしい、迷い込んできた野生のイルカを助けてほしいなどなど、まさに「水族のなんでも屋」が語る「すべらない話」といった印象です。読了後に水族館へ行けば、生き物の展示を観察する視点が増えていっそう楽しめることでしょう。

「小魚と大型魚類とを一緒の水槽に入れて大丈夫?」
といった疑問にも回答している
(本写真は須磨水族館で撮影したもの)

水族館敷地内で稲作!
情緒あふれる3章の魅力

 とくに私は京都水族館時代のことが書かれた3章が好きです。本章ではお城や神社といった歴史的スポットで池のなかの生き物を観察する企画を開催した話、そして水族館の敷地内で稲作(!)をした話など、日本古来の空気感が生き物を通じて感じられる章となっています。京都水族館のテーマが「水と共につながる、いのち」ということで、私たちの生活に根付いた水域とそこに棲む生き物たちとの結びつきが体感できる、チャレンジングな企画や展示が興味深かったです。

 なかでも個人的に印象的だった生き物は、オオサンショウウオです。京都の鴨川では、オオサンショウウオは比較的身近な生き物なのですが、それが人知れず中国産の個体と交雑しているとのこと。そうした問題を啓発するために大学とタッグを組んで調査研究をしたり、啓発活動に取り組んでいるそうです。館内でオオサンショウウオを紹介した際、下村さんが来館者にちょっとクスッと笑えるような紹介の仕方をしたのですが、それはぜひ本書で読んでみてほしいです。

オオサンショウウオ(本写真は別場所で撮影)。
淡水生物の目玉として展示が決定したとのこと

水族館は「スキ」の力で
自然への気づき養う宝箱

 本書から「水族館の役割とは何か」といったテーマをひしひしと感じました。その答えのひとつとして、「足元の自然を見つめ直すきっかけになる」ことを下村さんは語られています。先ほどのオオサンショウウオのこともそうですが、ジンベイザメが国内のどのあたりの海を回遊しているのかや、高級魚だったウナギに対して希少種だったある魚が増加中である話など、意外と身近なのに知らない生き物の話がたくさんありました。水族館という空間は、そうした自然への気づきが養われる宝箱であると私は思いました。

イワシの群れ。食に絡めた展示企画のエピソードも収録

 そして4章では「スキ」を伝えることの力についても綴られています。「ほんとうに好きだから伝えたい!」という思いには、強い力が宿ります。生き物好きのひとりとして、この力の強さと重要性については、とても共感できます。下村さんは生き物たちに対する「スキ」の力を通じて、守るべき自然のたいせつさを伝えてくれていると実感しました。私もまた、自然に関する知識や見識を養いながら、読んでくれる人たち学びや気づきにつながるような記事を投稿していきたいと、身が引き締まる思いです。

 あと、本書を読了後きっとだれもが婚姻色のオイカワ(コイ科の淡水魚)を実物でみたくなるはずです。私も機会があれば、本書を思い返しながらじっくり観察してみたいです。

※本記事で使用している写真は本書に掲載されているものではなく、必ずしも本書に関係があるものとは限りません。

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