京都に刻んだ感情
【※2022年7月に1度掲載し、削除したものを再度UPしています】
2022年6月4週目、京都に1週間ほど滞在してきた。
この日は、梅雨が明けきらないというのに苦しいほどの暑さ。東京の方がまだ涼しいのではないかという気温。6月なのに暑すぎてもはや苦痛。
これが京都の夏というやつですか、そうですか。
1200年もの間、都の人はこの暑さを乗り越えてきたというのか。盆地パワー恐るべし。
無理して出歩かず、涼しいホテルでお茶でも飲んでいたほうが良かったな…などと、京都の町の暑さに軽くとろけながらも、烏丸御池駅近く、菱屋町の辺りまで、のこのこと出てきてしまった。
今回、京都でどうしても行ってみたいところがあったのだ。
本屋。それも古本屋。
京都まで観光に来て、寺でも、神社でも、史跡でもなく、古本屋。
京都で、珍しい本屋に行ってきた。
♢
まず店の看板がこちら。
映画が好きな方はお気づきかもしれない。
映画「ゴットファーザー」をまねたロゴ。
不穏。なんで本屋がゴットファーザーなの…。
どう考えても危険なにおいがするでしょ。これは危ない本屋でしょ!
店に入ったら店主がタキシードを着て、猫を抱いてるとかないよね⁉
シチリアのお菓子「カンノーリ」売ってたりする?
そもそも、生きて本屋から出られますか?
(※カンノーリ:劇中で、殺害が生活の一部になっているマフィアの日常を表現するものとして重要なアイテムだったイタリア・シチリアの伝統菓子。映画の舞台はニューヨークだが、主役のマフィアはシチリア島出身という設定)
♢
この本屋の存在は、ミッシェルガンエレファントのファンである相互フォロワーさんに教えて頂いた。
京都へ行くなら、チバさんと縁のある本屋ありますよ
優しいフォロワーさんありがとう。ミッシェル初心者の当方、その存在を初めて知りました。ファンの間では有名な本屋なのかな?
チバユウスケ。解散してしまったミッシェルガンエレファントのボーカリストであり、作詞家、現在は作曲家でもある。そして今は、バースデーというバンドでボーカルとギターも担当するフロントマンだ。
店が入居しているのは雑居ビル。飲食店も、マッサージ屋も入っているような、繁華街によくある間口の狭い雑居ビル。
この看板が無ければ、パッと見は古本屋が入っているようには思えない。看板が出ているということは、営業中なのだろう。
建物の奥へ入ると、ビルの裏側にだだっ広い敷地が開けていた。近いうちに新しいホテルが建つらしい。そのせいで、ビルの奥までやたらと日が入っている。雑居ビルには似つかわしくない程、明るい日差しが入る階段を4階まで登る。
店の扉は開いていた。
そっとのぞくと、突然こちらの顔ぶれがお出迎えしてくれる。
赤のマルボロ、瓶のギネスビール、ホワイトパールのピックガードがついたギター、フェンダーのロゴが入ったピック。
……アベさん。
ミッシェルガンエレファントのギタリスト、彼岸の人となったアベフトシさんが好きだったタバコ「赤のマルボロ」と、ぬるいまま飲むのも好きだったという「ギネスビール」。
そして、誰も真似できない程かき鳴らしたギター「テレキャスター」の、使っていたものとそっくりなバリエーションの機体。
アベさんも使っていたフェンダーの金ロゴ入り「白い三角ピック」。
もしかして、さっきまでアベさんいらしゃいました?ちょっとギターを置いて、ひと休みをしに出かけている感じですか?
これはアベフトシしか連想できない。まるでアベさんの記念碑。
チバさんと縁のある店だと聞いて来たけど、入り口でいきなりアベさんの記念碑に迎えられてしまった。京都の本屋でまさかのアベトラップ。
いや~、この不意打ちはキツイよぉ!
今年の4月、広島でアベさんのお墓参りを済ませて以来、やっと私の「アベ熱」も落ち着いていたのに…不意にこんなのを見せられたら、まーた熱があがっちゃうじゃん。
今夜は熱出ちゃうよ、どうすんのコレ。アベ熱を下げる解熱剤なんて持ってないよ。
思いがけずアベさんの輪郭に触れ、一瞬入店をためらってしまう。
だいたい、入り口からこんなのを見せつけられて平常心で入店できるミッシェルファンいる?いないでしょ!
これをスルーして入るなんて無理だよー!
店内をそっとのぞいてみる。
店の奥の窓から明かりは入るが、細長い店内は少し薄暗い。
映画「ゴットファーザー」を見た事ある人は分かると思うんだけど、あの映画もやたらと映像が暗い。そしてこの店も光量が足りない気がする。
やっぱりゴットファーザーの世界だわ!
ねぇ!マーロン・ブランド(※)どこー?
(※主演、ニューヨーク最大のマフィア・ファミリーのドン役)
「ごめんください。」
マーロン・ブランドに会えるかと期待して一声かけるも、反応が無い。
入って大丈夫なのかと思って奥をのぞくと、テーブルに店主らしき男性が1人。
寝ていた。ちょっと口を開けて。
京都のマーロン・ブランド、無防備すぎる。
もう一度、ごめんくださいと声をかけるもMr.ブランドは起きず。
仕方ない、棚に並ぶ本でも見ながら、店主が起きるのを待ってみようか。
店内ではチバさんのバンド「The Birthday」の曲が小さく流れている。
決して広くはない店内。右側の背の低い仕切り壁には、沢山のサインが書かれており、チバさんのサインも見えた。
店内の奥へ続く右側の壁はハードカバーの棚。その上にマリア像やキャンドルと一緒に、額に入った手書きのメッセージが飾ってある。
英文。アルファベットが全体的に縦長で、横幅が極端に詰まった個性的な文字。
あぁ、これチバさんの字だわ。
細かすぎて文面は読めないけれど、紙一面にみっちり詰め込まれた文字の圧力からチバさんの存在を感じる。うん。これは額縁に入れておきたくなるね。
細長い店の左側は、本と雑誌の棚。
店の真ん中にある背の低い棚にも、音楽誌を中心に沢山の雑誌が並ぶ。ペーパーメディアに勢いがあった80年代後半~2000年頃までの各種雑誌がずらり。
既に廃刊・休刊になってしまったり、季刊、特別号しか出版されなくなってしまった懐かしい雑誌も並んでいる。
月刊カドカワ、SHOXX(ショックス)、ARENA37℃(アリーナサーティセブン)。90年代前半で版型が大きかった頃のJAPANもある。
音楽誌ではないが、渋いグラフィック誌で美しい写真が目を引いた「月間太陽」。
90年代初頭にはまだアンダーグラウンド扱いだったSM・ボンテージ・ロリータといった文化に光を当て、「多様性」なんて言葉はまだカケラもなかった時代に「なんでもアリ」だった「H」も並ぶ。
廃刊にはなっていないが、古いSWITCHや、STUDIO VOICEといったカルチャー誌もあるようだ。
90年代~00年代初頭に青春を過ごした人にはグッとくるラインナップのはず。
私は、この時代に青春というにはちょっと遅かった人間なのだが、子どもの少ないおこづかいでは買えないその雑誌たちを、本屋で何時間も立ち読みし、むさぼるように読んでいた記憶が蘇る。
それらの雑誌をパラパラとめくってみる。
写真を撮っているカメラマンも素晴らしい名前が並ぶ。長島有里枝、HIROMIX、平間至、藤代冥砂、佐内正史、大森克己。
今は有名なこれらのカメラマンも、90年~00年代当時、この辺の雑誌から出てきたのではなかっただろうか。
左手の棚の真ん中辺り、ちょうど目線と同じ高さの所にはミッシェルガンエレファント関連の書籍とCDが並ぶコーナーもあった。
デビュー間もない4人がインタビューに答えている音楽雑誌を手に取る。
チバさん・ウエノさん・クハラさんの3人はまだ学生みたいな顔をしている。そしてアベさんは顔が変わらない。キリっとした精悍な目線でカメラを見ている。なんだかアベさんだけちょっと垢ぬけている気がする。年上だからかな。
初めて目にするインタビューを夢中になって読んでいたところ、店主のブランドさんがお目覚めになったようだ。「いらっしゃい」と声を掛けられた。
最近ミッシェルにハマり、京都観光へ行くならこの本屋がいいよと教えられて来たという旨を伝えると、少し笑って「色々あるから見て行って」とすすめてもらった。
♢
店内のBGMはずーっとThe birthday。ずーっとチバさんの声。その歌声を聞きながら本棚を物色する。
なかなかできない経験だ。
正直に言うと、私はThe birthdayの曲はあまり詳しくない。
あ~チバさんの声するなぁ。この前、TRI4THのゲストで歌った時(※2022年6月7日TRI4THツアー最終日@Zepp Diver City)の存在感すごかったなぁ。なんてのんきに思い返しながら、暑い店内で、あの頃買えなかった90年代の音楽雑誌を立読みし、心だけは子どもに戻っていた。
そのうち、不意に、聞き覚えのあるギターのイントロが流れてきた。
これ、なんて曲だっけ?聞いたことあるんだけど……、なんて一生懸命に脳内を検索していたら、動きが重い私の脳内検索より先に答えが流れてしまった。
♪忘れてしまおうと思ってたけど
♪爪痕消えなくて消えなくて
あー『爪痕』だ。
私がThe birthdayで知っている数少ない曲。
この曲、未練と後悔、哀惜の気持ちや、忸怩たる思い、みたいな感情が歌からにじんで見えてくるから悲しいんだよなぁ。
ミッシェル繋がりでバースデーを知り、初めてこの曲を聞いたとき、あまりのやるせなさに、体に力が入らなくて動けなかった日を思いだしてしまう。
あの時はなんだか動けなくて、家の白い天井をボーっと見上げたまましばらくアベさんの事を考えていたんだった。
そうそう。私は勝手に、この曲はアベフトシさんのことを歌っていると信じているのですが、そういう解釈でも良いですか?
ミッシェルガンエレファント解散後、42歳で早逝したアベさんに対するチバさんの想いが、あの歌詞だと考えているのですが、合っていますかね?
ミッシェル界隈の、ファンの諸先輩・諸兄姉の皆さま、ファンの末席にいる新入りである私に、この解釈が正解かどうか教えてください。
この曲が『爪痕』だと気づいたら、曲に気を取られてしまい、もう雑誌の文面が追えなくなってしまった。目が文字の上を素通りするだけで、内容が頭に入ってこない。
気持ちが急に不安定になってしまったようだ。
ダメだ、私、動揺している。
本屋の入り口でアベさんの記念碑を目にし、今、デビュー間もないミッシェル4人のインタビューを読んだりしたから、普段より気持ちが落ち着かないのだろう。
そこにチバさん声で『爪痕』である。
チバ声の持つ威力はただごとではない。このトドメは私にはきつい。不意に胸を打つとはまさにコレだ。
自分の意思とは関係なく、視界がうっすらにじんでくる。
私の心は完全にアワを食ってしまった。
あーもう!チバさん勘弁してくれ。
古本屋で立読みしながら、涙目になる女…。
ヤバいでしょ。誰が見てもおかしいでしょ。変人でしょ。
まだ何も買っていないのに、不審者あつかいされて店を追い出されても困るので、泣きそうになるのをこらえ、マスクの下で静かに深呼吸をする。本を閉じ、店主の側に少し背を向けて全然関係ないことを考えてみる。
あ~朝のホテルのご飯美味しかったなぁ。良いお米を入れてるな。しば漬けも美味しかった。今回のホテルは当たりだな…。
視界のにじみを取りたい時、こういう方法が一番効く。
あ゛~!なみだー!はやくどっかいけー!
ホテルの美味しいご飯を思い出せたお陰で、泣きたい気分はスッと消えてくれた。感情をコントロールできた私エライ!大人の私、けっこう優秀。
しかし、こんなことでは、ミッシェルの記事を読み続ければまた涙が出てきかねない。さすがに立ち読みは諦めよう。
店内を改めて一周し、店内に飾ってある色々な物について、店主に伺ってみた。
店主曰く、店内で販売しているオリジナルTシャツやカバンのプリントにある文字はチバさんのデザイン。ちょっとチバさんと縁があり、店名はチバさんが命名、ゴットファザー風の店のロゴは店主自らデザインしたとのこと。
「ちょっとチバさんと縁がある」という謙虚な言い方に少し笑ってしまった。
ちょっとって何?どゆこと?
チバユウスケにつながる縁を「ちょっと」だなんで仰らないでいただけます?
どう生きていたら、チバさんが名付け親になる縁ができるのだろう。すごいなぁ。世の中には色んな縁をつかむ方がいるもんだ。
話を伺ったお礼にという訳ではないが、記念にお店のグッズを購入し、店を後にした。
まだ日も高い午後2時半。
さて、これからどうしようかと考えてみたが、チバさんとのエピソードを聞き、アベさんの記念碑なんて見たりしたもんだから、もう、寺社はもとより、観光へ行く気が失せてしまった。
京都の町は暑いし、何も考えたくない。
どこへ行こう。もう何もしたくない。
涙は引いたが、熱が下がりきらない心を引きずり、何となく高瀬川を渡る。そのまま、足は自然と鴨川の河原へ向かっていた。
水辺に降りると、小さな子ども達が網を持ち、水面をバシャバシャとかき回している。近くでは、外国人らしき男性がギターを爪弾いていた。
鴨川の河原は今日も平和だ。
川の飛び石の上では、大学生らしき青年が、足を水に浸し本を読んでいる。私も真似をして、近くの飛び石に座って鴨川に足を浸してみた。
大学生らしき読書家を横目に、こんな風に時間を過ごす大学生活を送りたかったな、贅沢な時間の使い方だな、などと思う。
京都の大学生には、東京の大学生よりもゆったりとした時間が流れている気がする。こんな学生時代を送れる京都の学生さんがうらやましい。
もし、私も人生で2度目の大学生になれる機会があれば、京都の大学で学びたい。京都の苦しい暑さも、厳しい寒さも身に刻み、学生に優しい京都の空気を吸いこんで学生生活を送ってみたい。
流れに足を10分も浸けていたら、つま先が痛くなるほど冷えてきた。
川面をぼんやり見ているうちに、気持ちも穏やかになってきた気がする。古本屋で不意に上がってしまったアベ熱も、鴨川に洗われてやっと落ち着いてきたようだ。
太陽でぬるくなった飛び石の上に冷えた足を置くと温度差が心地よい。冬に暖かい部屋でアイスを食べる感覚と似ている。
きっと、京都へ来るたびに、私は今日の感情のゆらぎを思い出してしまうだろう。そして鴨川を見るたび、このせせらぎにアベ熱を流したことを思い出すはずだ。
京都にまた1つ、新しい感情の記憶を刻んでしまった。この記憶を味わうために、私はまたきっと京都へ来るだろう。
京都で「また行きたい店」が1つ増えてしまった。いつかまた、お邪魔させてください。
【 2022年4月 初めてアベフトシさんのお墓参りへ行った記録】
【ウエノさんがライブのMCで「チバ!チバさぁ!」と連呼した話】
※普段はこんなライブレポのようなものをこってり書いています