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2023年映画感想No.57:地図にない海 ※ネタバレあり

あっけらかんとして前向きなリコちゃんの夏休み

新宿K's cinemaで開催中の「大田原愚豚舎旗揚げ十周年 全作品特集上映【大田原愚豚舎の世界 10th Anniversary】」にて鑑賞。
コロナ禍の夏休みに祖父母の家で過ごすことになったリコちゃんの日常を描く。この映画でも反復の構成によって浮かび上がるもの、という大田原愚豚舎作品お得意のストーリーテリングが物語の大きな特徴になっているのだけど、同じアプローチで同じように「どこにも行けない」という閉塞的な状況を描いた他の大田原愚豚舎作品と比べてみると、渡辺監督自身が主演を演じている『七日』や『叫び声』が絶望的な印象の物語なのに対してこちらは主人公がリコちゃんであることによって楽しくて前向きな作品になっているように感じられる。
『わたしは元気』もそうだったけれどリコちゃんが基本的には明るくてあっけらかんとした性格であることで、コロナ禍でどこにも行けない状況でもウジウジした日常にならない。渡辺監督の一連の「反復する日常系映画」は主人公の背中を追いかけるショットがそこに重なる音楽とあいまって作品のカラーを決定づけている印象があるのだけど、まさに彼女のズンズンと前に進んでいくような前向きさが一連のショットに象徴されているように思う。
英語の勉強一つとっても色々工夫して楽しんでいるように見えるくらい楽しいことに貪欲で、「海に行きたいなあ」というやりとりもそのくらい素朴な子供の願望として描かれているのが良かった。

不条理な時代を生きる子供への優しい眼差し

「コロナ禍でどこにも行けなくて可哀想だから映画を撮ろう」というのが制作のきっかけの一つにあったらしいのだけど、むしろ観ているこちらが彼女の逞しさや健気さに救われるような印象すらある。僕個人としても当たり前がどんどん否定されていたあの時期に打ちのめされていた大人の一人として、コロナなんかに全然負けないリコちゃんの姿にはめちゃめちゃ元気をもらった。作り手が演出することによって作られる物語の空気よりリコちゃんという少女の人間性が映画をひっぱっている作品だとすら思う。
そんな中で唯一の作為的な演出として寝ているリコちゃんの姿にカラーの海の映像が繰り返しインサートされる夢描写が印象に残る。この映画の中でここだけはわかりやすく作為的だからこそ、リコちゃんの望みを叶えてあげたいという優しい大人側の目線がグググッとせりだしてくるように感じた。人生に一度しかないこの小学五年生の夏休みに海に行けないのはやっぱり可哀想だし、だからこそ一人の大人として子供の「何かができなかった」という経験を「仕方ない」と片付けずにちゃんと寄り添おうとしているような優しさを感じた。
リコちゃんの海が見たいという気持ちを感じ悪く笑う花屋の店員はこの映画で唯一悪役的な印象を残すのだけど、そういうつまらない大人を「バカ」と切り捨てる描写があるのも裏を返せばやっぱり子供の切実な願いを肯定してあげる大人側の目線を表しているようでもある。そしてそういう損な役はちゃんと自身が演じるところにも渡辺監督の優しさが出ている。

パーソナルな事象から普遍性を浮かび上がらせる大田原愚豚舎作品

この時期の子供達の記憶をそのまんまパッケージするような物語によって「コロナ禍の子供映画」として一つの普遍的な時代のリアルを切り取った作品になっていると思うし、この映画自体がどこにも行けなかったリコちゃんの夏休みの特別な思い出になっていたらいいなと思う。
相変わらず大田原愚豚舎作品らしくしっかりローカルでグローバルな作品になっていて、信頼できる作家性と面白さの作品だった。

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