記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

2023年映画感想No.49:アシスタント(原題『The Assistant』) ※ネタバレあり

黙々と不当な扱いに耐え続ける状況の追体験

ヒューマントラストシネマ有楽町にて鑑賞。
87分しか無い映画なのに3時間の作品観た時くらいカロリーを消費した気がする。
映画配給会社で働く女性アシスタントの出勤から退勤までを描く。ひたすら彼女の業務の様子を映し続けるのだけど、不当な扱いに耐え続けるしかないという状況は画面を見つめることしかできないスクリーンの前の観客と重なるからこそ主人公の心理的負荷を共有しながら観るような内容になっている。
ひたすら「こいつにやらせとけばいいや」という扱いを受け続けるし、文句も言えないほど立場が弱い。集まってくる余計な雑務まで完璧にこなさないとどこから「あいつ使えない」と言われるかわからない緊張が常にあるのだけど、そんな人から押し付けられたどうしようもない要因から会長直々に人格否定というパワハラに晒されてしまうのが辛い。休憩中に家族との電話も親の期待と職場の現実というギャップを突きつけられるばかりで息抜きどころかより精神を追い詰められてしまう。

冒頭から積み重なる閉塞感と余裕の無さ

真っ暗な時間に家を出る冒頭からすでに過労気味の長時間労働が滲み出ている。オフィス中の電気つけて回ったり各デスクのPCを立ち上げたり「それは本当に主人公がやらなきゃいけない仕事なのか?」というのがいきなりからてんこ盛りですでに違和感だらけ。
合間にご飯を食べる時ですら全然気が休まらないという描写がされていて人間らしい余裕を持てる瞬間が無い。配る紙の置き方一つにしても精神削りながら配慮していて、誰にも気づかれないところですごい気を遣っているしそれが全く報われない徒労感も凄まじいものがある。
部屋全体の彩度が低く、今が何時かわからないような密室的な切り取り方をされるカットが多いのも彼女が置かれている閉塞的で息が詰まる状況を象徴しているように感じる。

上から下へとしわ寄せされていく抑圧

出張先の宿や交通手段の手配したり取引先とやりとりしたりする主人公の部署は会長の流動的なスケジュールにめちゃめちゃ振り回されているのだけど、そんな会長が気難しいパワハラ上司という業務内容的にも人間関係的にも何一つ救いがない見事なブラック企業。
先輩の男性職員も明らかに疲弊しているし、だからこそ下の立場の主人公のことは完全にナメている。自分のやりたくない仕事を主人公に押し付けて困っている様をパン食べながら眺めているところとか嫌がらせ感をもはや取り繕わない様子まで感じ悪すぎて凄い。具体的に告発できないレベルの抑圧がモリモリ積み重なるハラスメントのバーゲンセールのような一日で早々にグッタリしてしまう。

何かを変えようというアクションによって引き起こされる絶望的な展開

中盤、それまで自分のことでは全く不平不満を訴えなかった主人公が新しく入ったアシスタントの女性が会長から性的に搾取されているのではと内部告発しようとするのだけど、何かを主張する能力を奪われてしまったかのように伝えたいことを上手く言葉にできなくなってしまうのがもどかしい。当たり障りのない表現に染まってしまった彼女が何かを糾弾するボキャブラリを選べずに苦しむ様子が見ていてとても辛い。
それを受ける社員は一見良心的な印象の人物で一瞬救いの予感が漂うのだけど、彼女が何かを言いにくい弱い立場であることを理解した上で論理的に彼女を追い詰め、受理しなかったはずの告発内容が部屋から出た瞬間に社員全員どころか会長本人まで伝わっているという酷い状況を生み出す。主人公が部屋を出る瞬間に言い放つ一言がこの映画内で黙認されている異常性をストレートに表していて、その異常を是正する立場の人物から出る言葉だからこそ劇中で最も凶悪な印象を残す。
一方で主人公が内部告発するのが自尊心のためなのか、良心のためなのか、嫉妬心からなのか、はたまた会長への復讐心からなのかというのが具体的にわからないのが主人公を聖人君主ではない人間的で複雑な奥行きのある人物に見せているようにも感じた。職場に来た新人アシスタントに対して「自分と違う生き物」を見るような視線を送る場面があるなど、もしかしたら助け合えるかもしれないと思っていた人物すらも自分を抑圧する存在になってしまった絶望が滲んで見える。

食事描写から見る主人公の危うさ

劇中主人公が何かを食べようとする度に満足に食事ができないという描写が繰り返されるのだけど、映画のラストでついに訪れたゆっくり食事できる時間ではもはや食事が喉を通らない状態になっていて、非人間的扱いに衰弱した人間の危うさが浮かび上がる。
これを毎日続けてたら心が死ぬ、という象徴的な一日の話であり、内部告発の一件がギリギリまで張り詰めていた彼女のバケツの水を決定的に溢れさせたようにも感じられる。
映画業界に対する告発的内容を「声無き者の代弁」という映画メディアならではの雄弁さで描いてみせるところまで徹底して「映画」として問題提起する姿勢がとても素晴らしい作品だった。映画として優れているからこそテーマがユニバーサルなものになり、より広く届くようになる。それが映画の素晴らしさだし、それは現実の腐敗よりも強いのだと信じる作家がいる限り映画は負けないのだと思いたい。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集