記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

2023年映画感想No.76:バーナデット ママは行方不明(原題『Where'd You Go, Bernadette』) ※ネタバレあり

外に向かう冒頭と内に閉じこもる本編

ヒューマントラストシネマ渋谷にて鑑賞。リチャード・リンクレイター監督作。
僕はこの映画を2019年の下半期の期待作として挙げているのでかれこれ4年近く公開を待ったことになる。劇場で鑑賞できて嬉しい。
本作は今年でいうと『SHE SAID その名を暴け』も素晴らしかったアンナプルナ・ピクチャーズの制作、配給作品だった。今後も注目していきたい。

ファーストカットの南極の海で主人公バーナデットが乗っているカヤックが集団から外れるという絵が、のちに明らかになる彼女の属性や物語の展開を予感させる象徴的な演出になっている。彼女がなんで南極で一人カヤックを漕いでいるのかはこの時点ではわからないのだけど、物語が5週間遡ると直前の場面では楽しそうにカヤックを漕いでいたバーナデットが娘から提案された南極旅行に一番難色を示していて、すでに「何がどうなってこの人が南極に行くのか」という興味を作り出している。
この「何がどうなってこの人が南極に行くのか」というギャップを際立てる構成は序盤の大きな推進力になっていると思う。「南極に行く」という冒頭場面の”外”へ向かう物語の予感に対して、時間が戻った本編では内向きなバーナデットの日常が延々続く。一向に南極に行く気配がない、という物語自体のスタックした状態が引き延ばされるほどにそれがそのままバーナデットの抱えている問題として浮かび上がってくるような内容になっている。

バーナデットの生活に面白さを持続させる語り口の上手さ

夫は仕事、娘は学校に行く中、主人公バーナデットは廃墟みたいな一軒家に引きこもった生活をしている。ご近所の意識高い系ママ友コミュニティを見下し、娘の送り迎え以外は毎日ダラダラ過ごしていて、こじれた人間性が個性として面白く描かれる。
「こんな唯我独尊で浮世離れした生活ができるこの人は何者なんだ?」という部分がキャラクターの魅力であり大きな謎になっているのだけど、その背景の見せ方も彼女の現在とのギャップが段階を追って繋がっていくような描き方になっていて興味を持続させる丁寧な語り口がある。

モラトリアムな生活の後ろ側にある切実な人生の停滞

映画を通じて「時間」という主題を描いてきたリンクレイター監督の作品だけあって、本作でも主人公バーナデットのモラトリアムな状態の後ろ側には切実な人生の停滞がある。社会との接点を見失っているからこその社会から隔絶された生活であり、”他者”としてコミュニケーションが取れない外の世界に自分の居場所を見いだせなくなっている。
バーナデットがコミュニケーションを取れるのはメールのやり取りだけをしている秘書と話し相手になる娘だけなのだけど、秘書とのメールを作成する描写はまるでイマジナリーフレンドに一方的に話しかけているかのように映る。そしてその相手の真相が明かされるとまさにバーナデットは外部との繋がりを持てていなかったことが浮き彫りになる。

裏表の承認の問題を抱えるバーナデットとクリステン・ウィグ

一方でクリステン・ウィグ演じるご近所さんとの対立はどんどん深刻化していくのだけど、家庭の問題からの逃避としてコミュニティの承認を得ようとしているクリステン・ウィグと、対社会の問題を抱えて家庭に閉じこもっているバーナデットは裏表の関係であり、だからこそお互いの存在がお互いの問題をよりむき出しにしていく一方でそれが閾値を越えて境目が崩れると唯一自分の問題を共有できる関係になる。
垣根が壊れることで会話が生まれる流れは一見すると対立が深刻化したような展開なのだけど、それこそが問題に向き合うきっかけに繋がっていると反転していくのが描き方として優しくて上手い。

一方的だった家族の繋がりがついに両側から結びつくラスト

内に閉じこもることで自分を見失っていたバーナデットが外に向かっていくことでアイデンティティを取り戻していく終盤の物語にもグッと来る。
バーナデットは自分を縛り付けていた日常から遠ざかっていくとともにもう一度自分自身を見つけ出していく。それは同時に最も近くにいながらずっとすれ違ってきた家族の願いに応えられるようになっていくことでもあるのだけど、今度は物理的にすれ違う状況が続くことで中々繋がりを共有することができない。
そうやって常に気持ちと身体のどちらかに隔たりがあった大切な家族に対して、ラストでついに彼女自身として対峙する展開がある。最初、バーナデットはこれまでと同じように電話口から一方的に感情を伝えるのだけど、夫と娘が目の前に現れてそれを受け止める。それまで物語上で不通だった心の繋がりが回復したことを示す描写として見事に集約する演出が感動的だった。

僕はリンクレイターが映画を通じて肯定してくれる人生の可能性にとても救われている。繊細で優しく、上手くて品がある。
いつものように「人生の限界」についての命題に軽やかに解答してくれる僕の大好きなリンクレイターだった。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集