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2023年映画感想No.66:春に散る ※ネタバレあり

あまり縁のなかった瀬々敬久監督

シネクイントにて鑑賞。
監督作がいっぱいあるのになぜかあまり観たことがない監督っていると思うのだけど僕にとっては瀬々敬久監督がまさにそれで、毎年のように監督作品が複数本公開されているにも関わらず『ヘヴンズ・ストーリー』と『菊とギロチン』の二作品しか観たことがなかった。あの二作は監督のフィルモグラフィの中でも毛色が違うと思うので、初めて観る商業モードの瀬々監督作品ということになる。

性急な内容と性急な構成

性急な内容を性急な構成で描いた作品で主人公の成長や成功に観客の感情が追いつかない。居酒屋でタバコを吸っていた主人公・翔吾が一年足らずで世界チャンピオンに登り詰めるのだけど、そこに至るまでの要素の多さや必要な描き込みを考えても本来もう少し長い期間の物語として描く内容だと思う。
登場人物たちに生き急ぐ理由はあるのだけど成長や葛藤、成り上がりといった本来時間がかかるプロセスを凄いスピードですっ飛ばしていくので、難病とか選手生命とかタイトルマッチとかドラマチックになりうる要素に背景となる描写の厚みが無くただただわかりやすい展開を作るためだけの描写になってしまっているように感じた。

役者の力によるキャラクターの魅力

冒頭、およそボクシングからは程遠い居酒屋でお互い燻るものを抱える横浜流星演じる翔吾と佐藤浩市演じる広岡が出会うところから物語が始まるという設定が良かった。翔吾の切迫感が迸る表情や広岡の抑えきれないボクシングへの未練が理屈より行動に表れてしまうものとして演出されているように感じる。生きる場所を探す翔吾と死に場所を探す広岡という対象的な関係もお互いが必要な存在となっていく後の熱い展開を予感させる。
ファーストカットで肩からハラリと落ちる桜の花びらが広岡の散り際を予感させるのだけど、人生が終わりに向かう中で思い残しと向き合うかのようにボクシングに引き戻されていく。一方で自分が重い病気を抱えているからこそ新しい物語を始めることに慎重でもあって、本能と理性の間で人間的に迷っている感じが良かった。それだけにラストカットファーストカットと対になる『春に散る』のタイトルが出る場面で終わったほうが構成的にも綺麗だったのではと感じた。

ボクシングをする動機の一貫性の無さ

翔吾がボクシングをする理由が映画の中でブレているように感じられる上にそのどれもが上手く回収できていないところが構成として非常に弱いと思う。
一度は絶望してボクシング界を離れたという似た者同士の境遇が翔吾が広岡に師事するきっかけになっているのだけど、ボクシング界という不条理なシステムに対して一匹狼的な二人が戦いを挑むという物語にはなっていかない。
中盤には母親のために強くなろうと思ったという翔吾の過去が語られながら、ボクシングを通じて母親との関係が良化するという展開も無い。
終盤の広岡の闘病と翔吾の網膜剥離が重なるような展開は「時にはリスクを犯してでも戦わなければいけない時がある」とお互いの決断を後押しする対比になるのかと思いきや、そこもセリフでのやり取りがあるだけで特にそこを強調する効果的な見せ方もない。
落ちこぼれが世界チャンピオンになる、というドラマとして見ても、劇中で二試合描かれるタイトルマッチの対戦相手との関係性が弱いので人間ドラマとしては盛り上がりに欠ける。

ボクシングの撮影の工夫の無さ

アクションとしてのボクシングの描き方にもあまり工夫がなく、昨今手垢のつきまくったジャンルを扱う手つきとしても迂闊な印象を持った。試合の場面は当てないようにやってる感がすごいしそれを上手く見せる撮り方の工夫もない。なぜかあんまり盛り上がってないように見える中途半端なロングショットとかが挟み込まれたりするのも気になった。
ボクシング経験値の高い役者を多くキャスティングすることでボクシング描写の強度を高めようとしているのかもしれないけれど、逆にいうとそれ頼みな印象がある。ラストのスロー演出は酷い。顔をゆっくり触られた人が過剰にリアクションしているようにしか見えない撮り方になっていて一生懸命演じている役者さんが可哀想だと思った。
シャドウとかミット打ちは素晴らしくて選手役、トレーナー役共に身体性の強さがちゃんと出ている。日本映画がボクシング好きすぎるせいで松浦慎一郎さんが良い仕事をしまくっている。

この映画ならではの魅力の乏しさ

ボクシングという競技の持つドラマと、ボクシングという競技の持つ身体性の両面でこの映画ならではの魅力を引き出しきれていないように感じた。そのどちらかでも良さがあれば弱い部分も補えると思うのだけど結果としてボクシングという題材を安易に扱っているだけのように感じてしまったし、だからこそ他作品との差別化という意味でも上手く行ってないと思う。
佐藤浩市や横浜流星など役者の魅力だけで「出てる役者が違う」という差別化要素が生み出せてしまう点は流石だと思うのだけど、それだけではボクシング映画は魅力的にはならない。

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